あのひとにはいえない本当にのこと

「…随分と急なのですね」
「悠長に構えてもいられなくてね。一時だけでも状況は大きく変わってしまうんだ」
「郭嘉様がそうおっしゃるのなら――…ええ、そうですね。私は郭嘉様のご意思に倣いましょう」
「ありがとう。勝手ばかりを言って申し訳ないとは思うのだけれど」
「いいえ、そんな」


優しく微笑むなまえ殿の胸中は如何許りか。落ち込んでいてほしい、怒りを覚えていてほしいと思うのは私が抱く感情によるものなのだろう。まったく、子供染みた考えだ。


「楽しかった――…充実しておりました、郭嘉様と過ごす日々は」
「そう?あなたにそう思ってもらえたなら幸福だ」
「縁が長く続くことを祈りたいものです」
「――…うん、それは。確かにそうだね、続いたらいい」
「はい」


私の返答に顔を綻ばせたなまえ殿を見るに、その言葉を吐き出すのには相当の緊張があったのだろう。素直に、心持ちを。私が天の邪鬼というわけではないけれど、なまえ殿の言動が羨ましく思えた。

素直に曝け出すことが出来たなら私は幸せなのだろうか。私もなまえ殿も間違いなく喜びは感じる。一時であれ慕わしく想う相手と明確に繋がることが出来るんだ。けれどその後は。私の先というのは鮮明で、なまえ殿はそのずっと先も歩いて行ける人だから。そんな相手を叩きつけるような行為は、趣味じゃない。


「ありがとう、か」
「何か疑問が?」
「いや。あなたが私に倣うというのも、私がそれに謝辞を述べるのも妙な話だと思ってね」
「そうでしょうか?」
「だってそういう約束だったんだ、最初から」
「それはそうですが…」
「――…なまえ殿」
「はい」


もう二度と、ここを訪ねることはないのだろう。なまえ殿に私の顔の記憶は残らない、きっと声も忘れてしまう。それでいいんだ。過去にばかり縛られるのは褒められたことではないのだから、寧ろ忘れてしまった方が楽でいられる。


「私は……私や主の勝手を受け入れてくださったこと、改めて感謝申し上げます。主にもよき報告が出来ましょう」
「かく、……いいえ。私もこのような機をいただき、幸福でございました」
「明日の朝、発ちます。それまで今暫く、身を置かせていただきたく思うのですが」
「是非にも。私からもお願いいたします」
「…ありがとうございます、なまえ殿」


これでいいんだ、全ては。



20121222

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