またねも言えないそんな僕でした

「おはようございます」


ここに暮らしているのはなまえ殿と女中だけなのだから、彼女が主の様子を窺いに来るのは当然だ。とはいえ部屋を出た瞬間に出会すとなると心臓に悪い。現に私は、今どんな言い訳をしてやろうか(実際に手を出したわけではないけれど)と考えている。両親のいないなまえ殿にとって幼い頃から知る彼女は親のような存在に違いなく、彼女にとってのなまえ殿も主であり我が子のように可愛い人なのだろう。そんな子の部屋から男、しかも早朝に。一時目を見開いた女中の不安は如何許りか。


「…おはよう。清涼とした朝だね」
「昨夜はよくお休みになれましたか?」
「んー、全身が痛いかな。…変な意味ではなく」
「何を焦っておいでなのです。私を前に目を泳がせるなど、初めてでは?」
「いや、親に隠れて通じ合う男女というのはこんな気持ちなのかとね、不意に」
「まあ。ふふっ、…ああ、これは大変失礼を。馬鹿にしたのではなく、」
「いいよ別に。気にしてはいないから」
「…感謝申し上げます。そう、郭嘉様。使者より書簡が」
「――使者?」


こんな風に言い訳を探したくなるのはなまえ殿だから、なのだろうか。これではまるで不慣れな男。何とか持ち直さなくてはと考えている私を知ってか知らずか、女中は続けて動揺を誘う。書簡、確かに彼女に差し出されたものはそれに違いなく、私宛てにここに届くということは。


「返事に関しては何か言っていた?」
「いいえ」
「そう。まあでも、出来るだけ急いだ方がいいだろうね」
「そろそろ、」
「…あなたは怒っている?」
「私が?」


心底不思議そうに瞬くということは私が口にした言葉の意味を測りかねている、ということなのか。しかし年の功、単純にとぼけているだけなのかもしれない。私だって、ずっと大切にしてきた肉親のような人をよく知りもしない人間に奪われる(は、大袈裟か)のは嫌だし。遠回しに仕掛けてやりたい気分になっても不思議はないさ。


「感謝こそすれ、何故郭嘉様に憤りを覚える必要があります」
「だってほら」
「なまえ様がそれでいいのだとおっしゃった。私は、郭嘉様に感謝申し上げたいとさえ思っております」
「感謝?何でまた」
「半ば諦めていたなまえ様のお姿を拝見することが出来た。それだけで、十二分なのですから」


あまりに柔らかな微笑みを浮かべるものだから、つい言葉に詰まる。どうやら完全に読み違えたらしい。ここまで純粋に述べられてしまうと、抱くこと自体は罪ではないはずの好意が酷く品のないものに思えてしまうよ。


「何時でもお待ちしております」
「え?ああ…」
「私よりも、なまえ様から聞きたい言葉でしたね」
「いいや。あなたからでも嬉しいよ」


それは願っても、恐らく。



20121113

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