震える唇を見届けて目を閉じた

細い指が頬を滑る。忙しなく鳴る心臓は如何に私が焦っているかを知らせていて、なまえ殿の手を剥ぎ取りたい衝動に駆られた。

彼女を慕わしく思う心、それから恐ろしく思う心。勝っているのは果たしてどちらだろう。


「夢だと思っている?」
「いません。郭嘉様は先程から間違いなく目の前に」
「それこそあなたの空想かもしれない。…ああ、私のかな」
「はぐらかさないでください」


何故、なまえ殿が苦しそうな声を出すのだろう。そもそも私は苦しいのかな。ああ、常に思考させている頭が煩わしい。思い違いだと一言添えて諦めてもらえたら楽なのだけれど、探る指先に諦めという考えはないように思える。


「…怒っている?」
「怒って、はい。いるのだと思います」
「どうして?」
「はい。まずは、郭嘉様がはぐらかすこと。嘘を吐いていらっしゃること。触れればすぐにわかってしまうというのに」
「これは手厳しい」
「――…けれどそれ以上に、自分自身が腹立たしいのです」
「なまえ殿自身が」
「…郭嘉様がどんなに逃げたいと願っても、私は私の欲を優先させたい。そう考えている自分が嫌だと」


そう吐き出して私の涙を拭うように指を動かす。なまえ殿の欲というのは、私の涙の意味を知ること。原因が何かといえば、恐らくなまえ殿になるのだろうね。


「郭嘉様が私の心を知るように、私も郭嘉様のお心を知りたいのです」
「私が?それは過信ではないかな。あなたの心を覗けた例しなんてないよ」
「少なくとも、」
「少なくとも?」
「――…私が好意を抱いていることくらい、ご存知でしょう?」
「それならあなたも、私があなたに好意を抱いていることは知っているはずだ」
「それは」


勢いで吐き出されたなまえ殿の声は、それだけ発すると言葉を失う。強く噛まれた唇、このままでは跡が残ってしまうのではないだろうか。


「なまえ殿」

俯いてしまった顔を再び私に向けさせたくて名前を呼ぶけれど、肩が微かに跳ねるだけでなまえ殿が動く気配はない。

「…まだ、冷たい」
「…部屋に戻ろうと思っていたのだけれど」
「……」
「今夜だけ、ここにいても構わないかな」


なまえ殿が息を飲んだのだとわかる。急かすことなく言葉を待てば、ゆっくりと、口が開かれるのが見えた。


「いて、ください」


掠れた声。彼女は知らない痛みを、私に与える。



20121018

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