「郭嘉様」
尋ねたいことはあるはずなのに、ただ名前を口にするばかりで先に進まない。ああ、郭嘉様は訪れたことを後悔しているだろうか。経験に乏しいとはいえ私も歳を重ねた女、今この状態が意味するものを理解しているつもり、ではある。しかし郭嘉様が好むであろう人々とは異なる私だ、端から期待などしていないのかもしれない。私を女として見てはいないのかも、しれない。
「ん?何か許可をいただける?」
「許可、ですか?」
「…どうにも上手くいかないな。ごめんね、なまえ殿。もう困惑させるようなことは言わない」
「ちがっ、そうではないのです!何と申し上げたら――…」
郭嘉様は私に多くの感情を与えてくださるのに、私は何一つお返しすることが出来ていない。郭嘉様と触れ合うことで生まれる喜びや痛み、甘さ。変化していく私の心を、お伝えしたいのに。
「――…っ」
「なまえ殿?」
どんな言葉にすれば伝わるのだろう。慕わしいと、そう口にするだけ。けれどその一言ですべてを表すことが出来るとは思えない。
「郭嘉様」
「うん、私は目の前にいるよ」
「………」
「ねえ」
私に語りかける音は温かささえ感じる。その穏やかさも、私を案じてくださっているのだとわかる優しさも、慕わしい。
「…郭嘉様」
「うん」
「あの」
「どうし、」
郭嘉様が私を抱き竦めてくださったように、私から郭嘉様に触れる。勢いづいていたからか、らしくないと思われる行動故か途切れる言葉。私が額を寄せたのは郭嘉様の胸元だろうか。
「大胆だね、なまえ殿」
「――郭嘉様の、お好きになさってください」
「私の?」
「はい、後悔などいたしません。ですから」
「…本当に大胆だな」
苦笑。顔を上げたところで表情を窺うことなんて出来ないのに、恐ろしくて僅かに下げてしまう。髪に触れる掌は、間違いなく郭嘉様の。
「なら、お言葉に甘えて好きにさせてもらおうか」
「っ、」
肌をなぞる指先に高鳴る鼓動。吐き出したはずの郭嘉様の名は音にはならず、内に消えていく。
「――…あなたは」
自分でも身体が強張っているのだとわかる。困惑が膨らむ最中、甘美だったはずの郭嘉様の声色にまるで波紋のように微かな変化を感じた、気がした。
「郭嘉様、ないて」
「いないよ」
ならば、素肌に感じた冷たさは。
20121009