なんてことはない、ただの好き

「ねえ、私は郭嘉様の妨げになっていないかしら」

さぞ唐突だったことだろう。髪を梳いていた手は静止し、私の言葉にどう答えようかと思案しているらしい雰囲気に申し訳ない気持ちになる。

「…何故に?」
「あの方は曹操様のことだけを考えるべきではないか、と思うの。郭嘉様のお話をなさる曹操様も…」
「しかしなまえ様、なまえ様に郭嘉様を託されたのは紛れもなく曹操様にございます」
「託すだなんて大仰な」


言葉の通り、私は曹操様から郭嘉様を置くように仰せつかった。郭嘉様がそれを不満に思っていないことも、理解しているつもりだ。


「…お辛いのですか?」
「いいえ」
「なまえ様が辛いとおっしゃるなら、私が全てを引き受けるつもりでした」
「郭嘉様のこと?」
「――…杞憂のようで、安堵いたしております」


はっきりと答える代わりに和らいだ空気は「そうだ」と告げるよりも彼女の意思を示しているように思う。姉のような母のような、どうにも彼女には隠し事は出来ないらしい。


「そうね」
「なまえ様は穏やかに微笑まれることが増えました。それが郭嘉様のお力だとおっしゃるのなら、私は信じます」
「…ありがとう」


庭を眺めながら酒を味わいたいと、郭嘉様は先程から外に出ていらっしゃる。今日は天気もいいから、特に心配はいらないだろう。


「ずっと拝見したいと願っていた表情を映すことも叶い。郭嘉様には感謝を申し上げねばとも、思っております」
「感謝…そうね。郭嘉様が去られる前に」
「はい」


私の言葉を耳にしたとき、郭嘉様はどんなお顔をなさるのだろう。



20120807

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