あ、とけてる

これは本当に郭嘉様の手だろうか。腕を引かれ連れられたのはとても静かな場所だ。街に行くものだと思っていたのだけれど、違ったらしい。


「郭嘉様」
「大丈夫、ちゃんといるよ。こうしてあなたの手を握っているだろう?」
「…はい」


雨が降る中で馬の様子を見ていた郭嘉様。あの日以来、郭嘉様の私に対する雰囲気が変化したように思う。如実なのは口調。そして触れる感覚、だろうか。具体的にどうと言い表すことは出来ないけれど、割れ物を扱うようであった指先が今は人間に触れるそれとなった。少し強引に、細身には似合わぬ力で。嫌だと伝えることも出来るというのに、私は意識的にその言葉を飲み込んでいる。


「怯える必要はないよ。あなたを驚かせるのであれば、もっと別の方法を選ぶから」
「別、とは?」
「何だろうね?」
「郭嘉様、」
「おや、怖がらせたかな。そう怖いことは――…ああでも、断言は出来ないかもしれないね」

掌から伝わる熱を意識すると自然と鼓動も大きくなっていく。抜け出してしまおうか、この手から。けれどそうしてしまえば怖くて堪らなくなる。郭嘉様の仕打ちを想像するよりもずっと、離れてしまうことの方が恐ろしい。

「…なまえ殿?」
「えっ?何かございましたか、郭嘉様」
「…いいや。気を悪くしたのかと、思ってね」
「まさか」
「待てよ、それもいいのかもしれない。新たななまえ殿を拝見出来ると思えば、寧ろ得しかしないのではないかな。ねえ?」
「どう答えろと…」
「そうか。こういう楽しみ方もあった」


弾む声。きっと笑顔が浮かんでいるのだろう。随分と砕けた口調になった郭嘉様にまだ戸惑いもあるけれど、郭嘉様という個に近づいたような感覚があるのも事実。曹操様を通して郭嘉様を知るのではなく、郭嘉様を通して郭嘉様を知る。そんな当たり前のことが、幸せでならない。


「お尋ねしても、よろしいですか?」
「構わないよ。…尊ぶことばかりを考えるのではなく、同じ場所で同じように感情を曝け出すなまえ殿を見詰める。うん、実に有意義だ」
「郭嘉様と私が?」
「一先ずはわかりやすく形にして言葉から。態度も改めてみたのだけれど、どうだろう?」
「…一歩。郭嘉様の内に、踏み入ったように感じます」
「なら成功ということだ」


このまま溶けてしまえたら。けれどそれではこの優しさも、熱も。声にすら触れられなくなってしまう。



20120621

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