「お気に召しましたか、郭嘉様」
笑い声。花を見詰める私を微笑ましく思うような感情を含むそれに、少しだけ肩が揺れた。あまりにも目の前のものに集中しすぎていて気がつかなかった気配。通常よりも速い心音や見開いた瞳を知られぬよう、あくまで平静を装って首を巡らせる。
「やあ」
「昨夜は咳込まれていらしたようですが、ご気分が優れませんか?」
「雨で空気が冷えていただろう?…あのさ」
「なまえ様はご存知ありません」
「そう」
考えを汲み取ったらしい女中は私が全てを問う前にそう零した。雨天に馬の様子を見に行っただけで何かと案じる彼女だ、聞かれていたら問いただされたに違いない。
「ああ、そうだ」
「はい?」
「花。気に入ったというより、どこがなまえ殿に似ているのかを考えていたんだ、改めてね」
「左様にございましたか」
私の言葉を受け取ると女中も視線を花へと移す。花弁に残っていた雨粒が煌めいて、まるで玉のよう見えた。なまえ殿はどうしているのだろう。気になり口にすると「お休みです」との返答。そういえば、まだ夜は明けきっていない。私も一度目が覚めたところで再び閉じてしまえばよかったのに、そのまま起きてしまいこうしていたのだ。
「…今日は、天気がよさそうだ」
「ええ」
「ねえ」
「はい?」
私が手を離さないとそう言えば、彼女はきっと頬を染める。怖いと告げられてしまうかもしれないけれど、絶対に触れられる距離にいると誓えば。
「なまえ殿を連れて遠乗りに出ても構わないかな?」
「なまえ様を?それは…なまえ様は、大変お喜びになるかと思いますが」
「危害を加えるつもりはないし、人が多い街には行かない。落ち着いて休めるところ、…どうだろう?」
「危害!?まさか、そのような考えは抱いておりません!」
「参ったな、そんな風に困らせるつもりはなかったのだけれど」
「私はなまえ様がご無事でいらっしゃるのなら、と。…なまえ様には、お心の望むままでいてほしいのです。これまで、願えど叶わぬことばかりでしたから」
「……そう」
その願いを叶える存在は私であると。
彼女も曹操殿も、暗に告げているというのか。
20120606