進む足、響く心音、ああ目眩

曹操殿の命とはいえ、何もすることがないというのは暇なもの。ここから街へは距離があるし、何よりこの雨に火急でもないのに馬を走らせるのは心が痛む(意思が伝わったのか、微かに鼻を鳴らした)。


「考えるなら袁家のこと、か」

有意義にという曹操殿のお言葉は、つまるところ答えを出せと。二度と会えなくなるかもしれない相手、私がどうしたいのかを考えろという意味なのだろう。

「今はそれも考えるな、ということなのかな」


流石にそれは無理だ。それこそ曹操殿がおっしゃったように時は有限、その中で後悔をいかに減らすかが重要なのだから。

この生を終えるとして何が最も後悔に繋がるか。私にとっては、曹操殿のために力を尽くせぬまま果てることこそがそれだ。出来ることならば曹操殿が天を統べるまで、更に我が儘を加えるならば、その先も。そしてその傍らに。


「…欲張り」


曹操殿の力となることを望み、なまえ殿と生きることも望む。一つならば何とか叶えてもらえそうなものも、二つとなれば匙を投げられても仕方がない。どちらか一つと迫られたら私が選ぶのは間違いなく曹操殿、だしね。


「馬は駆けたがっていますか」
「――…っ、ああ、なまえ殿。そうですね、退屈なようです。あと、寒いのかな」
「長雨にならなければよいのですが。郭嘉様もお風邪を召されませんよう、中へ」
「はい。…なまえ殿、こちらへはお一人で?」
「屋敷を歩き回るくらいは出来ますわ。外へとなると、やはり難しいですが」
「それは残念。手を取って街を巡っていただこうかと思っていたのに」
「あら。でしたら女中の買い出しに付き合ってやってくださいませ」
「是非」


行商人が訪ねに来ることも、そう弾む声に意識が引かれる。言葉を吐き出す度に揺れる髪に、動く手に瞳が奪われる。


「…なまえ殿」
「はい?」
「なまえ殿」
「ああ、髪に何かついていましたか?」
「滴が。頬も冷えているし、唇の色も悪い」
「…郭嘉様?」
「せめて手を温める手伝いくらい、させてほしいな」
「あの」
「茶でも飲みながら話そうか。あまり姿を消していると、不安にさせてしまうだろうしね」


躊躇いがちに握り返される手。何処までならば許されるのだろう、何処までならば応えてくれるのだろう。

徐々に強くなる力に、ただ私は自問することしか出来なかった。



20120530

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