やさしい水たまりで遊泳

やけに冷え込む。
突然襲ってきた寒気に覚醒した意識は、独特の匂いを拾い上げるまでになった。これは雨の匂い。女中は既に起きているだろうから、空気を入れ替えているのかもしれない。


「郭嘉様」

身体に染み込む柔らかい女性の声は、耳に馴染んだ女中のものではない。胸を締め付けながらも心地のいい想いを沸き上がらせる声だ。

「朝餉の支度が出来たようなのですが。どうなさいますか?今暫くお休みに」
「…なまえ殿」
「はい、なまえです。曹操様もお望みのこと、こちらにいらっしゃる間はただ力を抜くことを考えていただきたく思います故――…お寒いのでしたら窓も」
「いいえ」


起きますと。吐き出した音は想像以上に掠れていて、体調を崩したのではないかと錯覚する。躊躇いがちな息遣いにも私を案じるような色が感じられた。


「なまえ殿自らいらしてくださるとは。…どうなさったのですか?」
「郭嘉様にも指摘されてしまうだなんて、私はそれ程までにわかりやすいのでしょうか」
「おや。ということは、女中には既に」
「そうなのです。郭嘉様がいらしたことが嬉しくて堪らないのでは、と言われてしまって」
「どうなのでしょう?」
「それは…今は、秘密にしておきます。とは言え、これまでの言動でお気づきと思いますが」


雨の匂いに混じって鼻を擽るのはなまえ殿の香りだろうか。

手を伸ばして、触れたい。ただ髪を撫でるだけでも、指先を合わせるだけでもいい。それだけで満たされるという自信が何故だか、今の私にはある。


「朝餉」
「はい」
「いただきます」
「承知いたしました」


一層優しくなった響きは、雨音に掻き消されてしまいそうだ。



20120525

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