花びらをね、遠くの彼にも見ていてほしいの

曹操殿と飲む酒は旨いのだが、今日ばかりはそうでもないらしい。口に含んでも旨味がわからず、流し込むだけという楽しくもない席だ。一方の曹操殿は私が妙な態度でもさして気に留めることなく、空の盃に次々と酒を注ぐ。


「何が気になる、郭嘉」
「…曹操殿は、彼女を欲していらっしゃるのですよね?」
「彼女?」
「なまえ殿のことです」
「なまえ…ああ。そうよな、おぬしの言う通りよ」
「その心を」
「欲しておるなあ」


私が一つ口にする度に大きくなる声、愉快で堪らないと訴えるそれに再び酒を流し込む。やはり、この飲み方は旨くない。


「それから。申してみよ」
「曹操殿は、彼女の名をご存知で?」
「知っておる。他でもないおぬしが教えてくれたのでな」
「私が言いたいのは――…これも、ご存知ですよね?」
「今日はやけに噛み付く。珍しく袖にされたか?」
「曹操殿」


焦りや弱さを見せることも当然あるが、こうして大将らしく悠然とした姿を保つ(それだけではないのだけれど)曹操殿を敬愛している。それは事実。

まったく、このところの私はおかしいな。好いているはずの姿に苛立ち、余裕というものが著しく欠けている。張遼殿に愚痴を零す始末だし、曹操殿にまで隠しもせずに噛み付いて。酒の呷り方しかり、実に私らしくない。


「そう睨むな郭嘉。わしがあの者の名を知っていたとして、おぬしに不都合があるのか?」
「私に任せてくださるはず、では?」
「それに拗ねていると?言い訳にしては稚拙、さっさと心根を話さぬか」
「………」
「…ふむ。ああ、そうであった。郭嘉、おぬしに見せたいものがある」


そう吐き出して立ち上がった曹操殿は、私を一瞥し含み笑いを浮かべられた。何だろうか。思考は休めず見詰めていると、引き返した曹操殿の手には花瓶。花を飾っていらっしゃるとは知らなかった。


「……それ」
「思い当たる節があるか」
「いえ、…あるにはありますが」
「そろそろ、北への遠征の支度を整えようと思うておる。その前に」
「はい」
「会いに行くのであろう?暫く身を置かせてもらうといい」
「お話は」
「なまえに聞くがよかろう。時は有限、なればこそ有意義に使うというのがおぬしの考えではなかったか、郭嘉」


卓上で揺れる花は、まるで彼女の笑顔のようだ。



20120502

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