しびれる左頬

「あの」


なまえ。
反芻していたところに入り込む呼び掛け。返事をする前に再び口を開く気配がして、反射的に音を呑み込んでしまう。


「…よろしいですか?」
「失礼ながら、何が?」
「少しだけ、郭嘉様に触れても」
「え?」


はあ、と。顔を上げた途端の発言に呆気に取られ、否定とも肯定ともつかない声を漏らすとなまえ殿は肯定と受け止めたらしかった。当然、距離が詰まる。「失礼します」と言葉こそ控え目ではあるけれど、伸ばされた腕に迷いはない。

真っ直ぐ私の頬に触れ、存在を確かめるように動く両の手。あまりない体験にどうすべきか、らしくもなく(私をそれなりに知る人間ならそう言って笑うだろう)瞳が泳ぐ。作業を終え茶を運んできた女中は笑っているし、幼い頃の今思えば恥ずかしい秘密を暴露されているような居心地の悪さ、だろうか。これは。


「……ふふっ」
「今度は?」
「とても、間の抜けた顔をなさっていました」
「…予想外の行動に驚いたものですから」
「今はお笑いになっていますね。口許が」
「それは勿論」


あなたが触れているのですから。想いは口にすることなく沈む。隠し立てするほど深い感情が込められた言葉ではないのに、伝えることは憚られた。

曹操殿を優先したから。それは違う。こればかりは、なまえという女性に関してのみ、曹操殿の言動が信用出来ない。ご自身が彼女に会いたいのではなく、根底に別の目的が潜んでいるような、そんな。


「なまえ殿」
「はい?」
「擽ったいです」
「…あっ!ごめんなさい、それにこんなに。少しと言ったのに、いやだ」
「いいえ。色々と、期待はしてしまいましたが」
「期待だなんて、郭嘉様」
「冗談です」
「冗談?…もう、動揺しましたのに」
「私も同じでしたから。この程度の仕返し、可愛いものでしょう?」
「可愛くありません、少しも」
「なまえ様、茶が入りました。郭嘉様も、どうぞお飲みになってください」


女中の声には抑え切れない笑いが混ざっている。なまえ殿よりも年嵩であるから、母親のような想いも存在するのだろう。もっと親しくなってから、幼いなまえ殿の話を聞いてみるのもいいかもしれない。


「そうです、郭嘉様」
「はい?」
「郭嘉様のご主人の特徴、何か教えていただけませんか?思い出すことが出来るかも」
「特徴。…そうですね、改めて考えると、どうにも浮かばない」
「でしたら次にいらっしゃる時までに。一つか二つ、挙げておいてください」
「…次?」
「またいらっしゃるでしょう?」
「――…ええ」


曹操殿に尋ねても大本には触れてくださらないのだろう。自然とそう、考えていた。



20120406

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