馬に水をやり、談笑をしていると女中が戻ってきた。予定にない来訪者に嫌な顔をしたくもなったろうに、彼女は一つも顔に出すことはなく。主人から私の名を聞かされると目を丸くして驚き、主人に頭を下げ続ける。非があるのは知らせもなく訪ねた私、なのにね。
「見付かったか」
「はい。…あの女性」
「目が見えぬらしいな」
「…やはりそうでしたか」
探るような足取り、対応が出来ないという言葉。花に言及した時にも色については口にせず、「あなたの印象にはない花だ」という言葉への返答もその花を見たことのある人間のものとは思えなかった。女中が一人でも留まっているのは、現当主と前当主への情、そして不自由な彼女に働く想いなのだろう。
「仕種の好ましい女性ですね」
「気に入ったか」
「…曹操殿もでは?だからこそ」
「おぬしに話、望んだ。違いないな」
「会いに行かれては」
「暇がない。何より、女がわしを覚えている保証はなかろう」
「恐れているのですか?」
「さてな。…頼りとなるのはこの声のみ、どうしたものか」
腕を組み深く息を吐き出す曹操殿のお考えは、何となく察しがつく。件の女性は私に任されているのだ、つまりは。
「話してみましょう」
「名乗ってはおらぬ」
「では、口説き落としてみせます。曹操殿にお会いいただけるように」
「ここで養うと?」
「そうでは?」
「……出来ようか」
「曹操殿がお望みならば、力を尽くしますよ」
「ふむ」
やるべきことはこれだけではない。彼女を呼び込むよりも重要な事柄はいくつもあるし、曹操殿にとっても取るに足らない些細なことだろう。それでも何か。
戦で働くことが一番の喜びではあるけれど、少しでも曹操殿の力になりたい。彼女がその少しになるならば、私が彼女を求める理由としては充分だ。
「彼女に関して私に託されたのは曹操殿。曹操殿が望まれる限り、私に一切をお任せください」
「…何とも頼もしいな」
「そう感じていただけるとは、嬉しいです」
形にはならないとしても、心に。その心に私が残るのならば、恐ろしいものなど何一つ存在しない。こうして手足となれる間は証を一つ一つ重ねていきたい。そう思うから。
「――…そうだ」
「ん?何か必要なものがあるか?」
「いえ。…あの女性、私を知っていたようなのですが…何か」
「女中が街で聞いたのではないか?おぬしは有名なのであろう、女人の間では」
「あはははっ!いい意味で有名ならば、素直に喜んでおきますが」
それにしては恭しい反応、ではなかったかな。二人とも。
20120321