矛盾を孕む心臓

「仕方のない事、だけど」


襟元に手を添え、眉を寄せる。何度見たか知れないセツの仕草に、つい瞬きを繰り返す。それを疑問と理解したのか、今度は困り顔で「つまりね、」と続けた。


「ええっと。……このループの原因を知るために、私たちは情報を集めているだろう?そうすると、どうしても個との関わりが深くなる。それでね、なんというか」


情報を交換しよう。
夜はどこで過ごすか、ぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、セツが焦ったように声を掛けてきた。これまでとは何かが違って、けれど今回はセツを疑う理由もない。案の定互いに乗員であるらしいし、では何かと言葉を待ってみれば実に歯切れが悪い。やっと開いた今でさえ、セツにしては回りくどいと言えばいいのか。


「………沙明と、何かあった?」
「沙明?」


ややあってセツの口から零れた名前。思わず繰り返すと、目の前の顔はますますバツが悪そうになる。

そんな様子に引っ掛かりを覚えつつ、ここ数回のループを振り替えることにした。沙明、沙明。それから少しばかり、胸が重くなるような感覚。つい最近、というほどではないが、確かに。


「………」
「なまえ?――…ループの感覚はあっても全員の役割を選べはしないし、その都度協力者も変化する。だから別にね?なまえを責めてはいないんだ。ただその、……今回、なまえは沙明に協力を持ちかけられただろう?受けた、し」
「断る理由もなかったから。沙明の性格を考えると、グノーシアではないのかなって…」
「でも沙明だよ?君も知っているだろう?汎である私にもあの態度、なによりなまえは女性じゃないか。単純に、ほら」
「夕里子よりは自然じゃない?」
「うっ――……、まあそれは、そう…だけど」


尚も不安気な視線。小動物のような瞳が可愛く見えて、頬が緩みそうになる。けれど駄目だ、セツは真剣そのものなのだから。

確かにセツの言う通り、沙明は異性に対するアレやコレ、何重ものオブラートに包んで言えばアプローチが強烈である。推奨はしないがセツがついうっかり、を発動するのも仕方がないと思えるくらい危険なラインに踏み込んでも、来る。同じく汎であるラキオが感じるというシャワー中の視線の正体ではと疑う程度には、まあ。

それはそう、なのだが。


「流石の沙明でも、常に発情はしてないでしょう」
「なまえ、私はそこまで言ってはいないよ?フォローになっているとも思えないし…」
「…まあ、大丈夫。自由に動ける今はセツといるし、ね?」
「そうなんだけど」
「何か気になる?沙明が嘘を吐いてた、とか?」
「いいや、今のところはなにも。議論に関しては、なまえもね」
「議論に関しては」
「そう。議論に関しては、だ」


まるでグノーシアだ、と確定されたような。夕里子のそれに近い、自分はグノーシアだったかと錯覚してしまう鋭く圧のある視線。今のセツは、心の奥底まで見抜いていそうではないか。


「――…つまり?」
「……もう一度言うね。議論に関しては、何も。なまえが乗員だって言葉も信じている。ただ、沙明個人に関してだけは、信じられない」
「えぇっ…?何でまたそんな、はっきりと。協力を受けたくらいだよ?」
「だって」
「……」


セツ、どうしたの。言ってはみたいけれど、漂う空気がそれを許さない。困惑するのはこちらの番、今やセツの瞳は「逃がさない」と告げている。ひとつ言葉を間違えれば何もかもを引きずり出されそうではないか。


「せ、」
「沙明を見るなまえの目が、優しくなっているから」


それは呼び掛けとほぼ同時に。それどころか、食い気味にやってきた。思考が止まる。セツは今、いったい。


「…………え?」
「だから、沙明を見る目が――……いや、何を言っているのかな、私は。忘れて」
「優しい?沙明を、見る目が…?」
「うん。自ら手を伸ばしたことがあるような、……ああだから、違う。何でもないよ、そろそろ部屋に戻らないとね。LeViにも言われてしまうだろうし」
「セツが連れてきたんでしょ!セツ、セツは何を知って――…」
「え、なまえ?何ってそれこそ何――やっぱり沙明と何かあったの!?」
「怪しいことは、何も!ないから!声大きい!」
「なまえだって!」


揃って夕里子とラキオに蔑まれそうな愚行である。そして何故LeViは出てこないのだろう。

それにしても、動揺したとはいえ見事な自爆だ。セツがどの程度を想定しているのかはわからないが、本当に何もなければナニもない。誓って。それでも何十と辿ったループの中で知ってしまった優しさや孤独、沙明が沙明である限り抱え続けるそれに触れてしまった以上、なんとなく気にかけてしまうというのか。

その場面にセツが深く関わっていたことはないし、沙明にとっても吹聴されたい事柄ではないはず。オトメならばほんの少し同意してくれて、話は幕を閉じるのだろう。しかし相手はセツ。気合いを入れて空回りをすることがままある、セツなのだ。


「ほら、セツもいつか知ることになるかもしれないし?」
「なまえの様子を見るに、相当深く関わらなければいけないと思うんだけど。私としてはあまり喜ばしくないし、共有してもらえるなら無駄もない」
「セツだって話したくないことはあるでしょ?」
「……誰にも話していないことなの?」
「んん、どうかなあ」
「議論の時にはあまりとらない態度だね、なまえ」


それこそ議論であれば、ここまで執拗なセツはグノーシアかバグである確率が高い。だが今は自由時間で、疑いようもなく乗員なのだ。セツが沙明を好ましく思っていないことは明らかで、もう何度も体験してきた。しかし交友関係にここまで口を挟む程だろうか。最初にセツが言ったように協力者も変化するのだから、今回は沙明と親しい、で片付けてしまえばいいのに。


「――…セツだって、なんか変。いつもと違うよ」
「……否定はしないけど。私だって、少しおかしいと思っているし」
「セツこそ沙明と何かあった?その、沙明を呼びに行く以外に」
「沙明とではないんだ。…………言ってみてもいいのかな」
「セツがいいなら、聞きたい」
「うん、……うん」


また、困り顔。セツの中で結論は出ているようだが、口にするのは憚られるのか。物怖じすることの少ないセツには、これも少々珍しい。


「――……なまえには。には、というか、なまえに」


一瞬だけこちらを見て、外れる視線。寂しいな。思って目を逸らさずにいると、「恥ずかしい」なんて絞り出すような声がする。


「一番近いのは私でありたいなって、恐らくそういう、グノーシア発見にもループにも関係ない、私個人の想いなんだよ。そんなことを考えている場合じゃないのにね」


今回それが沙明で、なまえも満更でもなさそうだったから。だから。

続くセツの言葉が、遠い。SQの発言から、汎性は恋愛のような感情を切り捨てた存在と考えていたのだが。いや、これを単純に恋愛とするのはおかしいか。友愛だって確かな愛。恋愛としても、しげみちだってステラに恋をしている。しげみちが何者か、はまだ判明していないが。ジョナスのククルシカへの想い、コールドスリープ室での様子も、まあ愛であろう。深くは考えまい。


「……待って。次に会うなまえは、今の言葉を聞いていないなまえかもしれないんだよね?」
「…セツが教えてくれた通りなら。そっ、それは私も同じだし!どんな顔すればいいの」
「ご、ごめん。でも正直な……これも沙明が悪いよ。はあ、とことん相性が悪いみたいだな、沙明とは」
「沙明は関係ないでしょ!」
「……」
「そんな顔しないでよ…部屋に戻らなきゃだけど、もう何に対して緊張すればいいの…」


部屋にお戻りください。

お馴染みのはずのLeViの声が、どこか呆れたように響いた気がしたのは、果たして。


end.

20210511

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