そんなものさいいもんさ

目が合うと、その人は心底嬉しそうに笑った。笑顔を向けられるのは誰だって嬉しいに違いない。満寵殿のような晴れやかな笑顔であれば、尚の事。


「やあ、なまえ殿」
「こんにちは、満寵殿。何か素敵なことでもありましたか?」
「素敵なこと?いや、今日は特に何事もなく――…ああいや、」


はて、と考える素振りを見せた満寵殿は何を思い出したのか、閃いたと言うように私を指差す。以前、城や罠を含む防備の話をしていた際、曹仁殿がまったく同じ反応をされ驚いたと言っていた。私としてはその驚いた曹仁殿を目にしたかったのだが、まあそれはそれとして。

満寵殿が興味を示されている類いの話や出来事であれば忘れるはずがない。おっしゃる通り何事もなかったのだろうが、ならば変わらず私の前にある、どこか幼子を彷彿とさせる笑顔は一体何によって引き出されたのだろう。


「私は今、空腹でね」
「空腹?……成る程」
「流石に何かを食べなければ倒れてしまうと感じていたところに、君が現れたというわけさ」
「……成る程…?」


要領を得ない。しかし、満寵殿は眩しい笑顔のまま。

取り敢えず、空腹が嬉しいというわけでないようなのは、安心だ。変わっていると感じることの多い方だが、そう言われては何と答えていいかわからない。返答自体は今もわからないけれど、考える余地があるなら大丈夫。

言葉遊びの類いか。彼の笑顔があるのなら深く考えずともそれはそれで幸せなのでは、とも思えてしまうが、答えを出して更なる喜びに至った満寵殿を見てみたい、という気持ちもある。難題だけれど。


「君の手元から漂う五感を刺激する香り、なまえ殿もこれから食事かい?」
「あ、はい。混んでいたので包んでもらったんです。これから向かわれるなら、少しは引いているかと」
「ふむ」
「……?」


満寵殿に動く気配はない。ただ私を見たまま、立っている。互いにこれといった用があるでもなし、挨拶をして立ち去っても問題はないだろうに、非常に動き辛い。


「――…あまりにも空腹を刺激するものだから」
「……はい」
「同じものを食べたい気分になってしまってね」
「……続き、聞きますね」
「そんなに不審そうな顔をしないでくれ。ええっと、そう。先程も言った通り、私は今にも倒れてしまいそうなんだ」
「――……」
「…………」


何故、こんなに無垢に見えるのか。ここで断るのはただの極悪人のような気さえしてしまう。そう考えてしまった時点で、私の負けなのだろう。


「……一緒に食べましょう、満寵殿」
「本当かい?なまえ殿。すまないね。君が同じ状況に陥った時には、私がご馳走するよ」


まあいっか。満寵殿は幸せそうだし、私も幸せ。お話をしながらの食事になるし、楽しさだって倍になる。


end.


20200610

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