それがいいのかわるいのか

「うわっ、」


何か続きそうな言葉はそこで途切れたが、相手が意図するものは嫌と言うほど伝わってきた。門番の表情に街中の視線、好意的な感情を向けられることはないとわかってはいたものの、ここまでくると苦笑するしかない。どうしたものか、取り敢えずは報告をと「無事帰還いたしました」と告げれば、「無事ねぇ、」とこれまた何やら含みのある返答。命は無事、間違いではないが、だ。


「髪、引っつかまれた?」
「つかまれはしませんでしたが、刃を躱した際に、少々」
「はあ、そりゃ民じゃ苦労するわけだ。……躱した際って、どういう状況だったんだよ?」
「攻撃を避けようと苦心したところ、体勢を崩しまして。命があるだけ救いですが、……酷いですか?」
「そりゃ、頭は砂まみれ髪はぐしゃぐしゃ、腕にも痣、じゃな」
「………」
「ま、討伐完了なら文句は言われないだろ」


お疲れさん。
司馬昭殿はそう言うと、去り際に励ますように肩を叩く。確かに苦笑はしたくなったが、私の顔もそこまで酷かっただろうか。思わず励ましたくなるような、それに、ある程度は整えたつもりであったが、どうにも上手くいかない。いや、命はあるし討伐も完了、それ以上の何を望む。


「ああ、やはりお前か」


さっさと水でも被ってしまおうか。つい髪に触れそうになった手を止めると聞こえた声。今日はよく声をかけられる日だ。また同情的な視線をいただくかとも思ったが、嫌味ではなく純粋に労るような感情を持っているのか、この方は。


「――…賈充殿。街に出向かれていたので?」
「そんなところだ。憐れむような囁きは、お前に向けられたものらしい」
「……そこまでですか」
「さて。常から噂話に色めき立つ人間ならば、その姿には耐えられんのだろう。男女の別はなく、な」
「……それって追い討ちでしょうか」
「では付け加えよう。俺には、些末な問題だ」
「些末」


尋ねておいてこう考えてしまうのも失礼ではあるが、私は賈充殿に何と言ってほしかったのだろう。

現に賈充殿個人の感想をいただいたところで、うっすらと心に拡がった靄が晴れることはない。姫君のような美しさを求めていたわけではないが、自分自身ですら預かり知らぬ部分で悲しみを抱いていた、とか。


「なまえ、お前はお前というだけで価値がある。たかが一時の見目に落胆するなど、くだらん」
「か、価値ですか。それはまた大層な……恐縮です」
「……」


ゆっくりと、賈充殿の目が細くなる。「母も喜びますね」などと場違いにも程がある台詞を口にすれば、私の苦心が伝わったのか小さな音を漏らし、彼が笑った。笑うのか。表情、感情の読みにくい人ではあるが、今目の前にいる賈充殿は私を馬鹿にしてはいない。見下しても、いない。それくらいは理解できる。


「……そうしているだけで充分だな」
「何だか過分なお言葉をいただいて…」
「とは言え、そのままでは小言を受けぬとも限らん。砂を落としきるのは当然として――…手当ても必要か」
「そうですね、人の視線も落ち着きませんし」
「ついて来い」
「えっ?」


私の返答を聞いていないのか聞く気がないのか。賈充殿に続くのが当然というような、有無を言わせぬ、とはまた異なるけれど。


「精通しているわけでもないが、ある程度ならばしてやれる」
「……賈充殿が?」
「安心しろ、騙し殺すような真似はせん」
「流石にそんな心配はしていませんけど」
「そうか。……、」
「――…私ひとりでも大丈夫、とは。少し」
「そうしたい、と受け取っておけ」
「……したい、ですか」
「価値あるお前だからこそ、だがな」


声色が、なんだか。


「嬉しそうですね、賈充殿」
「当然だろう」
「それ――……、いや…」
「聞きたいか?」
「いいえ、その。……ちゃんと理解は、しているつもりなので」
「……こちらにも、充分すぎるくらい伝わった」


表情を抑制する方法を賈充殿に、いや。それは絶対に、私には身に付けられない。そもそも現状、私を乱しているのが、だ。


「黙っていた方が身のため、だな。俺としては、自滅する様も好ましくはあるが」
「保身を優先します…」
「ああ、それがいい」


喜色を深めていく、この人なのだし。



end.

20200605

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