重ねる

「顔、怖いぞ」
「…………戻りません」
「気持ちはわかるけども、曹操様が決めたことだあ」


何時もならばこの声に安堵するというのに、このところ私は常に苛立っている。

それというのも、視線の先にある背中が悪い。私を宥める許チョ殿にかかれば容易く真っ二つになってしまいそうな、その後ろ姿からも胡散臭さが拭いきれない男。共に殿を守り続けていくと誓った人を葬り去った、男が。


「――…殿は計り知れない方なのだと実感するばかりです。私にはとても、割り切ることなど。見事なと思う前に卑劣だと、最低だとばかり考えてしまう」
「おいらも簡単には仲良く出来ねえだよ。曹操様だって色んなもんが頭とか心にあって、それでもそうするって決めたんだよなあ」


その言葉に、なんだか泣きたくなった。「すっげえなあ」と零す許チョ殿の瞳は見慣れた温もりとは程遠く、真っ直ぐに憎らしい男を見ている。
けれどもそれも憎悪と断言出来るわけではなくて、ふと、私が幼過ぎるのかと思ってしまうのだ。こんなことでは殿の世を目にする前にくたばってしまうのか。それは嫌だと思うけれど、なんでもそうですかと片づけてしまえる人間になるのも、嫌で。

殿は、出来るのだ。

だからあれは私の前を歩いている。殿の志を支えていた人を葬った頭と手足を、今度は殿のために動かすという。
悔しい。憤慨しているというのに、ただこうして愚痴を零すだけの自分が。憤慨しているというのに、あれの示した通りに動く自分が。

そうして窮地を潜る度に典韋殿の死を意識し、浮かべた表情に対する殿と郭嘉殿の言葉を思い出すのだ。ぐちゃぐちゃになった思考はどうにも出来ず、どんどん私の中に積もっていくのである。


「…………」
「なまえも大変だなあ」
「郭嘉殿のように器用になりたいです。殿のように――…許チョ殿も、器用です」
「おいらは器用なんかじゃねえって。どうするかってずっと考えてんだ。けどよ、なまえ。あいつをどうこうしたって、曹操様はきっと喜ばねえんだよ」
「…………それはなんとなく、わかります」
「おいらは、なまえの気持ちだってちゃんとわかってねえんだろうけど。おいらにぶちまけちまえばいいだよ。受け止めるのは得意だからなあ」
「……苦しかったら、ちゃんと言ってくださいね」
「心配しすぎだよ。おいらはずっとずっーと、頑丈だ」


ああ。
許チョ殿の手は、なんて温かくて大きいのだろう。

20140213

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テーマ「人外ファンタジー」
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