別れる

宙を掴んだ掌に目を丸くする。
普段はわざとなのかと思うくらい簡単に捕まるというのに、今日ばかりはそうもいかないらしい。

ひらりと靡いた尾から顔へと視線をずらし、同じく驚いたような楽進と目を合わせた。どうにも彼も、妙な気分を味わっているようだ。


「なまえ殿」
「どうしたの?」
「――…昂ぶっているのかもしれません」


殿に託された合肥の守備。呉の動きに合わせて命を下された私が楽進を見たのは、もうどのくらいぶりか。

李典や張遼殿と上手くやっているのだろうかと思っていたが、私が案じてみたところで何が変わるわけでもないのだ。嫌悪する気持ちも折り合いをと思考するのも、当人次第でしかない。


「久しぶりだから気配に敏感になってる?」
「なまえ殿が下手になったとか。私は何時も気付きませんでしたよ」
「別に息を殺してたわけじゃないし――…でも、その方がいいよ。討たれる心配は少ない方がいい」
「お気遣い、ありがとうございます」


恐縮だ、と言うように笑みを零す。
今この瞬間ならば何時ものように尾を掴んで、それから苦笑する楽進を見ることが出来るはず。

そう思うのに、誰かに押さえつけられたように腕は動かない。声を出そうにも閊えているのか音にならず、私が振り絞る前に、李典の声がその名を呼んだ。

楽進は視線を動かす。視線の先にいるのは李典だ。片手を持ち上げたのは制止と返答、交わる瞳に、抱いたことのないざわめきを味わう。


「なまえ殿、城の守備はお任せします」
「え?でも」
「私は何人も城に入れることのないよう、少し前線に出ようかと」
「殿は城を死守せよと、」
「一人たりとも呉軍を入れない、それこそが誇り高い曹魏の姿でしょう。……お任せください」


尾は変わらず楽進の精神を示すように風に靡く。

ただ真っ直ぐ、足を止めることなく前へ前へ。それが好きだと言うのに、どうして不安なのだろう。ああ、これもきっと、普段とは違うことが起こったからだ。


「楽進、」
「なまえ殿、この合肥を守るのは精鋭ばかり。先にあるのは、間違いなく勝利です」
「――…」
「殿には吉報しか有り得ません。次にお会いするのは、この戦が片付いてからですね」


それでも楽進、掴んだ先にあなたがいないのは。

20131105

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テーマ「人外ファンタジー」
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