触れる

大馬鹿者。
私は、煩悩まみれのどうしようもない人間だ。

私の背に触れている人に他意などなく、むずむずとした感情を抱いているのは私だけ。熱を持つのは怪我の影響というよりは、だ。


「――…!」
「傷が痛むか、なまえ殿」


微かに変化した呼吸音に反応して、薬を塗り込む手が止まる。

伏せていて、しかも背面だけとは言え上半身は一糸纏わぬ状態だというのに、この反応。反応しろだとか襲ってみせろだとか思っているわけではないのだが、こうも淡々とされては複雑だ。

いや、治療の最中にそのようなことを考える自分が一番駄目だろう。くそ、何故だか笑みを浮かべた軍師二人が頭を過ぎる。


「いいや大丈夫。わざわざすまない、徐晃殿」
「気になさるな。しかしまあ、随分と傷も塞がった。これならば殿も安心なさるだろう」
「本当に、殿には多大なご心労を――…それに、漸く戦にも出られる」
「郭嘉殿も案じておられた。顔を合わせる度になまえ殿の容態を尋ねられたのだが、今後は心配ないとお伝え出来そうだ。……肩は上がるだろうか?」
「ん?ああ、問題なく」


何故わざわざ徐晃殿に尋ねるのだ、あの男は。暇があれば顔を覗かせて、この間はついに待ち構えていた陳羣殿に捕まったではないか。「なまえ殿をからかう暇があるのなら策の一つでも練ってみせろ」と一息に放った際の表情は決して忘れない。
見事だったな、あれは。


「あとは薬士の戻りを待つのみか」
「申し訳ない、徐晃殿。そちらの治療は済んでいるというのに」
「いいや。なまえ殿とて、何時までも拘束されるわけにはいくまい」
「もう平気だ。大人しく待っていることにするよ」
「承知致した」


手を拭い、立ち上がる。
それを見て改めて、私の背に薬を塗った人物が徐晃殿なのだと実感した。どう表現すべきかわからぬ胸の疼き、頭を振って雑念を追い出せるのなら、どれだけ楽か。


「なまえ殿?」
「……なんでも。ありがとう、徐晃殿」
「うむ――…」
「徐晃殿?どう、」


立ち去るかと思えば距離を詰められ、顔へと伸ばされた大きな掌。

反射的に閉じた瞼、あまりに長かったからか、徐晃殿が私を呼ぶ。それでも言葉は出てこず、私はただ、目を開けることで返事とするだけで精一杯だ。


「……………」
「髪の先に、薬がついてしまったようだ」
「あ、ああ、わざわざ……その。ありがとう、本当に、徐晃、どの」
「よく養生されよ、なまえ殿。では」
「――…ありがとう、徐晃殿」


同じ言葉しか出てこない。

生娘でもあるまいに。艶めいた場でも、あるまいに。

20140210

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