望む

お前は健気の方向が間違っていると、夏侯淵殿には言われた。

女だてらに戦場に立つことを決めた時点で奇異の目を向けられているというのに、于禁殿の下で学びたいとまで口にしたのだ。私を常人と見る人間は、最早一人として存在しない。何せ、当の于禁殿にすら些か驚いたような眼差しで見られたのだから。


「お前は一度、軍律を己の手で記し、日に繰り返し読む必要があるな」
「申し訳ございません」
「それも何度耳にしたことか。いいか?規律とは、集団を維持する過程において必要不可欠のものだ。それを脅かす者は、何人であろうと許すわけにはいかん」
「罰則ならばなんなりとお受けいたします」
「……追って言い渡す」


于禁殿の規律を重んじる心は他者のそれよりもずっと強い。

故に皆、于禁殿が近くにいると動きが硬くなってしまうのだ。一体何が罰則に繋がるか戦々恐々としてしまう。呂布ではないが、曹軍内では意味合いは違えど呂布と同様に恐怖を抱かれている方ではないだろうか。


「……一つ、尋ねるが」


もう去られたかと思っていたら問われ、思わず顔を上げてしまった。
目に映る于禁殿は何時もの于禁殿、つまりは感情をよく読み取れない于禁殿のまま。

私は大層間抜けな表情をしていることだろう。立て直したときには既に、于禁殿が口を開く直前だ。


「何故、軍律を乱す」
「――…私が至らぬから、乱してしまうのだと。申し訳ございません」
「私の意見は違うな。お前はわざと、そうするように動いているように見えてならん」
「……ただ徒に及ぶなど、許される行為では」
「それは当然のこと。だが、命に関わる局面では一度たりとも違反がない。こうして、何度も勧告を受けていながらだ」
「命懸けとなると研ぎ澄まされるのでしょう」
「ならば、常は気を抜いていると?」
「も、勿論、抜いてなどおりませぬが!」
「私は――…いや、いい。憶測にすぎぬ」
「え?于禁殿、」


制するように出される手。そうされてしまうと私は動けない。于禁殿が言い淀むなど珍しく、私まで動揺してしまう。

ああいや、私の場合は、心を読まれたのかと思って動揺したんだ。


「僅かばかりでもそうであればと感じていては、私もとやかく言えはせぬ」


立ち去る前にそう零して。
つまり心を読まれた上に、于禁殿も近い感情を、私にということで、いいのだろうか。


「……えっ?」


お前は健気の方向が間違っている。
夏侯淵殿の言葉が、脳を過ぎる。

20140103

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