ときめく

※男主

周瑜様が契りを結ばれたらしい。
しかもお相手は天下の美女と評判の小喬様、だとか。

楽士として宴に呼ばれた際に何度かお見掛けしたことはあれ、周瑜様とはただの一度も言葉を交わしたことはない。
杯を片手に楽に耳を傾ける周瑜様、笛を嗜むという彼に、私は密かに憧憬の念を抱いていた。

知略に長け、誰もが息を呑む容姿に芸の才。
そんな彼の妻となる女性だ、さぞ聡明で淑やかな方なのだろう。世の男だけでなく女性までもが感嘆の息を漏らす、周瑜様の傍らに咲く花のような。



「あなたがなまえさま?」
「は?」


今宵は宴が催される。例によって招かれた我々は、与えられた一室で暫しの休息を取っていた。快活な少女の声が響き渡ったのは、そんな折だ。


「周瑜さまがね、招いた楽士の中になまえさまがいるかどうかって気にしてて。あなたがなまえさまでいいの?」
「……如何にも私が、なまえですが」
「よかったあ!周瑜さま、喜ぶよ!」


愛らしい笑顔を浮かべた少女は、女官と呼ぶには随分と華美だ。振る舞いにも控えた様子は見られず、周瑜様の側仕えにしては品を感じない。

天真爛漫、その言葉をそのまま背負ったような存在、というべきだろうか。


「ね、今日はなまえさましか来てないの?」
「いいえ。他の者は席を外しているだけで……」
「そっか!周瑜さまにお話は聞いてたんだけど、実際に聴くのははじめてなんだ!ふふっ!なまえさまの演奏、楽しみだなあ」
「周瑜様に?――…あの、貴殿は」
「あ、そっか!あたし、小喬っていうの。よろしくね、なまえさま!」


屈託なく笑う少女は今、小喬と言ったか。小喬、その名は確か、周瑜様が契りを交わされた女性の名。

聞き間違い、ではないだろうか。
この明るいという言葉を具現化したような少女が、佇むだけでその場を変えてしまう静けさを備えた、少女とは似つかぬどころか正反対の空気を持つ周瑜様の妻だとでも。

そんなはずがない。何故ならば周瑜様の隣に立つ女性とはたおやかで優麗な、やはり少女とは正反対の。


「周瑜さま、なまえさまの笛の音は語りかけて来るようだって言ってた。いつか一緒に奏でてみたいって。本当に嬉しそうだったから……だから、なまえさま」
「は、はい、なんでしょうか…?」
「今日は、よろしくお願いします!」


力強くそう告げて、次にその瞳が私を捉えたときには、溢れんばかりの笑顔を湛えて。
この方は周瑜様の妻で、いや、そうではなく。周瑜様の妻はもっと幽艶で、いや、そうではなく。


「――…よっ、よろしくお願い、申し上げます……」


そうではなくて、ああもう、だから。

20130830

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