※壊れる続編
さっと姿を隠した子の手が、強く衣服を握り締めていることに気づく。
おお、懐いたのかと。
視線を少女から移せば、その唇が表しているのは困惑であった。ちょいちょいと指先を動かすも少女は答える気がないらしく、浮かべられた苦笑はその意味を変える。
呂蒙としては別段どうこうする気もなかったのだが、「大丈夫だよ」と言うような行為は彼の気遣いなのだろう。
それをどうして咎められようか。悪気はまるで、ないのだから。
「甘寧殿の方が怖いと思うけどな」
「……」
「……。今、甘寧殿が鍛練で外してて。どうにもそれで、俺のところに来たらしいです」
「凌統ではないのか?」
「なまえ」
「…………」
「……えーっと。甘寧殿が、朱然って言い聞かせたみたいで」
「あいつは――…まるで、子供だな」
今度は額を腰に押し付ける、穴を開けるようにぐりぐりと。
朱然は苦笑を浮かべてはいるが、引き剥がそうとはしない。頭を撫でる姿は、兄妹を見ている気分だ。
「なまえ、頭下げるくらいはしとけって。呂蒙殿は甘寧殿が――…凌統殿も、尊敬している方だぞ」
「…………」
「朱然、気にするな。苦手なものを無理強いは出来んだろう。――…身に覚えは?」
「…………はい」
誰を思い浮かべたかは明白。居心地悪そうな笑みからなまえへ視線を下ろすと、彼女は朱然を見上げている。
ふと。
呂蒙の視線に気が付いたのか、交わってしまった視線にどきりとした。
また力強く握られる掌、朱然の衣服に一層皺が寄る。揺れる瞳は、まだ呂蒙には慣れていない。
「すまんな、なまえ。怖がらせたか」
「…………」
「大丈夫だよな、なまえ。少し驚いただけだろ?」
朱然の声に縦に動く首。ゆっくりと、少しだけ呂蒙を見ながら。
こうして僅かに視線を寄越すようになっただけでも進歩だ。この子は随分と怖がりで、朱然でさえ親しくなるのに随分とかかったのだから。
「…………そうか。それならばいいのだが」
「…………」
「今度、気が向いたら、俺と話しをしてくれ」
「……ん」
また、縦に動く首。
こんな風に一歩ずつ、のんびりと朱然を目指してみるとしよう。
20140315