「いたいた!なまえ殿!」
「――…朱然殿」
嬉しそうな表情を浮かべ駆けて来る朱然に、ひくりと唇が動く。なんとか紡いだ名は相手にとっては喜びらしく、朱然はますます破顔した。
ああこれは、なんと毒気の抜かれる笑顔であろうか。
「捜してたんですよ!てっきり陸遜のところかと思ったら、呂蒙殿と手合わせだって言うから。なんだか、裏をかかれた気分です」
「裏をかくって……別に避けていたわけじゃないんだから、」
「わかってます。会えなかった腹癒せってやつですよ」
朱然には、臆せず物事を口にするところがある。あまりにも直球であるためか、怒るにしても人によっては単なる戯れにしか見えないのだ。
かく言うなまえも朱然と接する機会は多いが、本気で嫌悪したことはただの一度もない。
「大した用じゃないんだからいいでしょうに」
「なまえ殿と会うっていうのは大切な用ですよ、俺にとって」
「どこかしらで見るでしょう」
「言葉を交わすのが重要なんじゃないですか」
「――…それは、いや、やっぱりいいわ。言わなくて」
「まあもうご存知でしょうが、あなたが好きだからですね」
「いいって言ったでしょう。聞いてなかった?」
「それに関しては聞かないことにしてます」
「…………朱然殿」
それこそ、子供を叱るように軽く叩く。
やはり朱然の笑みが崩れることはなく、これも何時ものことだが、なまえも釣られて笑ってしまう。
誰にでもこうならば相手にもしないが、そういった意味での好意はなまえにだけだと確かに朱然は言うのだ。
いいと思えば男女問わずに褒めるし、嫌だと思えばまた然り。それでも数多くの意味を内包した好きは、なまえだけであると。
「俺は、なまえ殿とこうしているのも好きなんです。絶対、いや多分?あなたといて嫌な時なんてない」
「朱然殿、ちょっとは静かにしなさい。いい加減恥ずかしくなってきたから」
「俺の言葉でなまえ殿がそう感じてくれたなら、本望ですよ!」
お互いに捜せば色んな相手に出会えるだろうに。だからと別に、これでいいと諦めているわけでもなくて。
「趣がないって言うの?間を大事にするとかほら、あるでしょう」
「……間。でも俺、言いたいと思ったらすぐに吐き出さないと気持ち悪くて」
「…………それが朱然殿らしいんだけどね。ああもうっ!」
「うわっ、なんですか!」
「なんでもないです!」
頭を掻き混ぜてやると丸くなる瞳。それが可愛くて、真っ直ぐな感情も可愛くて。
そう感じてしまうのだから、つまりはもう、手遅れなのだろう。
20131205