「劉禅様っ!!」
「ああ、なまえか」
敵が押し寄せて来る。このままでは劉禅様は、奴らに首を曝すことになるだろう。
その前に逃げなくては。
私は敵わないとしても、せめて劉禅様と星彩は。最悪、劉禅様だけは、なんとしてでも。
「怖い顔をして、どうしたのだ」
「魏が、司馬昭が本陣に攻め上げております。このままでは劉禅様は、」
「魏が。なんと、それは恐ろしい」
「はい。ですから劉禅様、私が安全な場所までお連れします故――」
「安全な場所など、あるのだろうか」
「――…完全に、とは言えずとも、時を稼ぐことは可能かと。星彩や姜維もいます、食らい付く余力はまだ」
「そうだな。姜維なら、そうする」
引っ張っていこうと握った手は、劉禅様のお言葉により静止する。繋がったままの手からは熱を感じるはずなのに、どうしてか、生き物に触れている気がしない。
「りゅ、うぜんさまは、蜀の希望です。劉禅様のお姿があれば、みな、」
「なまえ、それは」
「は、」
「それは、劉禅に対する希望か?それとも、劉備の息子への」
「劉禅様、何を――」
「皆が見ているのは、劉禅という人間だろうか。それとも、劉備というあまりにも大きく、強い星だろうか」
「…………」
「……なまえは、劉備の息子であるから死んではならぬと、命に代えても守らねばと、思っているのか?蜀という形を皆に示すため、私を逃がさねばと」
小刻みに震えはじめた手に、劉禅様の手が乗せられる。
微笑んでいるのか悲しんでいるのかわからない表情。いけないと、それ以上を聞いてはいけないと、警鐘が鳴り響く。開かれる唇、微かに零れる息。体内を駆け巡るのは、恐怖だ。
「……なまえにとっては残念なのだろうが、私はもう決めたのだ」
「劉禅、さま……?」
「――…怨むのだろうな。姜維も、なまえも」
強烈に焼きつく、底の見えぬ表情。
緩んだ隙にすり抜けたのは、握っていたはずの、劉禅様の掌だ。
20131129