誘う

私はなんだったか。
私は高貴な身分ではなく、風が吹けば倒れてしまう程の華奢でもない。力比べならば法正殿に負けない自信もある、法正殿の力がどの程度かは知らないが。

自分の性に劣等感を抱いている、ということもない。女だから戦えないなんて、そんなことはないのだ。

そして女扱いを受けることも、気恥ずかしくはあるが嫌ではない。と言っても私は女というよりなまえと認識されているため、そういった扱いを受けることが希少なのだが。


「口には合いませんでしたか」
「いや、美味しいです」
「それはよかった。あまり箸が進んでいないので、心配しましたよ」
「要らぬご心配をおかけして――…」
「お気になさらず。俺が好きでやったこと、もし気に入らぬと言うのであれば、また別のことを考えるだけですから」
「…………そうですか」


これでもかと並んだ私の好物。二人で酌み交わすには豪華すぎる席だ。

すべてを他愛のない会話の中で記憶していたというなら驚くばかり、流石は法正殿。頭の出来が違う人は、些細な発言すら逃さぬらしい。


「そういえば、筆の具合はいかがです?なまえ殿の手にも馴染むようであればいいんですが」
「ああ、はい。とても書きやすくて、ありがとうございます、法正殿」
「それは安心だ。……何か他に、必要なものは?必要なものではなく、欲しいものや困っていることでも構いませんが」
「そう、ですね。……特にはない、かな……?ありがとうございます」
「ありがとう――…いいえ、とんでもない」


法正殿は、時折邪気のない笑みを浮かべる。こういっては失礼な話、悪人面である法正殿なので、笑みであろうが恐怖が勝るのだ。

しかしどちらかといえばその悪人面に馴染みがあるため、却ってどこか幸せそうとも取れる邪気のなさが、困惑を大きくしてしまうのだけれども。


「どうしました?」
「あ、いえ」
「――…なまえ殿はとんでもない。言葉ひとつで、俺を簡単に天上に連れていってしまうんですからね」
「え?…………それはそれは、はい……ええ……」
「また何かお返しをしなくては。是非、その時にはお付き合いくださいよ」


次第に、嬉しそうだったり幸せそうだったり、そんな印象が強くなっていく。

法正殿の表情が柔らかくなったのか、私が見抜けるようになったのかは定かではないが、重ねていく付き合いの中で判別が出来るようになったのなら、少しばかり嬉しくは、あるかもしれない。


「私こそ、気にかけていただいて。……本当に是非、こちらこそ、よろしくお願いします」
「――…ええ、喜んで」


だから、思ってしまうのだ。

一体この人は、私から誘ってみたらどんな表情になるのだろう、なんて。

20140104

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