突き放す

「そういえば。お前さんのこと、いいって言ってるのがいたんだけどねえ」


なまえ。
名を呼ばれ嬉しそうに顔を綻ばせていた少女は、続くホウ統の言葉を耳にするなりぐにゃりと表情を歪めてしまった。

この落差は見事だ。いや、ここまでわかりやすいのも困り者ではあるのだが。


「そうですか」
「お前さんがよくあっしに酒だ食料だと届けに来るから、甲斐甲斐しい子だと思われたんだろうよ」
「そうですか」
「いつも真面目に門に立ってるからねえ、声掛けて労ってやんな」
「意味がわかりません」


機嫌が悪いですと躊躇うことなく全身で訴える姿。ホウ統とてそんなことには気付いているが、構って喜ばせてやろうという思いもないため無視を決め込んでいる。

これはいつものこと。
なまえがホウ統に会うためにやってくるのも、わかりやすくホウ統に好意を示すのも、ホウ統が知らぬふりを貫くのも。

そして気に入らぬと思えば噛みつく苛烈さを持つなまえは、ホウ統のあからさまな態度一つで大人しくなるような性格はしていない。


「ホウ統殿に会いに来ているのですから、門兵と談笑する必要はないでしょう」
「既に顔見知りだろう。挨拶じゃないか」
「挨拶はしているので」
「お前さんが恥ずかしがりだと思われる理由がわからないよ」


背筋をしっかりと伸ばして立つ姿。「暇だから相手をしてくれないか」と言うホウ統にも気持ちのいい返事と笑顔を寄越す好青年なだけに、なまえの態度が憐れに思えて仕方がない。

なまえは、ホウ統への感情を一世一代の想いであると断言する子。
己が持つ好意の全てをホウ統に捧げているからか、その他に対する対応が雑であり、なまえの基準でホウ統への態度が好ましくない相手には露骨に嫌悪を示す。

ホウ統と話す姿を遠目に見る門兵には会話など聞こえるはずもないため、単純にホウ統になついているように思えるのだろう。

そしてなまえは青年に嫌悪感は抱いていないため、挨拶は極めて普通。真実は興味がない、なのだが、そんなことを知らぬ青年にはその姿が少し恥ずかしがり屋の女の子に映るのだろう。女の子かは、不明だが。


「……ホウ統殿は私を幸せにしようとは思いませんか」
「思わないねえ」
「ホウ統殿しか私を幸せに出来ないとしても?」
「そんな重たいもの、背負いたくないよ」
「私は、ホウ統殿を幸せにする自信があります」
「生憎と、今に充分満足しててね。お前さんは、別の人間を幸せにしてやんな」
「ホウ統殿以外を幸せにしようとは思いません」
「そいつは残念だ」
「……懐に入れてみてくださいよ」
「こっちからしたら、諦めておくれって話だ」
「…………頑な」
「誰のことを言ってるんだか」


怨むと言いたげな唸り声。
それで呪われでもしたら堪ったものではないが、いっそそうしてくれたなら気も楽になるというのに。

落ち着きどころの見えないやり取りに頭を悩ませる日々は、まだ続きそうだ。

20150530

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