泣く

鬼の目にも涙、いや、それは失礼か。
規律正しいその性格を示すように整えられた髪型に、部下を容赦なく(が、決して理不尽ではない)叱責する強い声。

ちょっとやそっとでは笑いもしなければ泣きもしないのだろうと思わせる表情は、女ではなく将であると意識せざるを得ない。

兎にも角にも、なまえとは間違いなく人間であるが、人間と呼ぶにはあまりに動じぬと言っていい存在だ。


「……入ったらどうだ」
「……いや、…………いい」
「……そうか」


真っ赤になった目を手の甲で擦り、似合わぬ涙を拭う。

泣いているのか、とは聞かない。
怒ることを危惧しているのではなく、俺がその立場であれば尋ねられたくないからだ。まあ俺となまえ殿は似ているとも言えんし、この選択がなまえ殿にとって正しいのかは不明だが。


「……馬超殿」
「何か?」
「馬岱殿はご無事か?」
「……ああ。意思の強い男だと薬士も驚いていた」
「そうか。本当に、よかった」
「よかった?」
「ああいや、…………いや」


なにも、なまえ殿が馬岱を案じたことに驚いたのではない。

ただ、響き。
よかったという声色が、一度たりとも耳にしたことのない柔らかさや温もりを秘めていたものだから、つい。

これは失礼だな。だが、謝罪をすれば余計なすれ違いを生むのではないかという思いもある。「馬岱を案じる姿がなまえ殿らしからぬと」など、なまえ殿に対する侮辱ではなかろうか。


「……馬超殿は、もうお戻りに?」
「気にはなるが、止まっていては薬士がいい顔をせんのでな。庶務を滞らせるのも好ましくはない」
「そうか。うん、そうだな。明日も様子を見に?」
「それはまあ、心配ないと言われるまでは」
「……手間ではあると思うが、様子を教えていただけるとありがたい」
「構わんが――」


馬岱が負傷をしたのは奴の油断であり、なまえ殿を庇ってだとかなまえ殿の部下の過失ということはない。

万が一そうであれば、なまえ殿は泣くよりも憤るか、まず。


「案じるのであれば、直接様子を見に行ってはどうか?」
「それは、――…こんな顔では、行けぬ、と」
「……俺としてもありがたいのだが」
「心が凪いだら、な」


真っ赤な目。
なんともまあ、面倒なものなのだな。

20131014

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