つい緩んでしまう口元を両手で覆い、誰にも見られぬように。体の片側から伝わるあたたかさに喜びは強まるけど、声は出さないように。
思わず出したくなってしまう声に緩む口元の原因は、私にもたれ掛かる趙雲だ。
戦から戻った趙雲に大きな怪我はなく、軍にも特筆すべき損害はなかったらしい。諸葛亮殿のあの表情は上機嫌の表れだったのだろうか。常に微笑んでいるように見えるから、よくわからない。
「趙雲」
つい、名前を呼んでしまう。
肩よりも寝台に体を横たえた方が休まるに決まっているから、起こした方がいい。そう思うのに、寝息が聞こえることに喜んでいる自分がいる。
そもそも隣に座ったのだって、ちょっとした下心があったからなのだ。もしかしたらこうなるんじゃないかって、そんなことを考えたから。
「…………ぐっすりだ」
前髪に触れても眉をなぞっても、表情が変化するだけで目は覚まさない。戦や鍛練になれば、こちらの肝が冷えるくらい張り詰めた空気を纏っているというのに。
これは、趙雲が安心しているということなのだろうか。
「すごい。……なんか、趙雲じゃないみたい」
眠っている姿ははじめて見るからか、わくわくしていると実感出来る。
一見穏やかな趙雲は思いの外警戒心が強く、人前ではそう簡単に気を緩めない。
この人は、私が想像する以上の修羅場を駆けてきたのだろう。気配にも音にも敏感で、話していても時折、どこかに意識を向けることがある。
だからきっと、こうして寝息を立てる姿に嬉しいという感情が生まれるのだ。そんなことを口にしては、趙雲に渋い顔をされてしまいそうだけど。
「……近付けてるのかな、私」
その内側に、私が思う以上に。
もしかしたら趙雲自身が思っている、以上に。
「――…おはようって言いたいな。……ちょっと呑気すぎか」
ごく当たり前に「おはよう」と返してもらえたら、それはこの上なく、幸せだろうけど。
20140217