「待て」
口にして、ああこれは違うなと瞬時に思う。
抵抗にもなっていない、そもそもする気もないけど、胸に手を添えるとゆっくり顔を上げた賈充と視線が絡んだ。不機嫌、いや、問うような眼差し。
その揺らめきは獣に似ているだろうか。彼から見る私は、人間だろうか。
「――どうした?」
戯れだと、そう言われた気がした。
確かに、静寂の中で二人過ごしていると独特の空気にはなる。身もふたもない言い方をするなら私と賈充は男女の仲なのだし、距離がなくなるのも当然というか。
首に触れる賈充の髪、肩に触れる手。自然と意識が向かってしまうのは理解している。これも当然だろうし、私自身、高揚しているけど。
「噛むのはなし、痛い」
「痛むようにはしていない。それに俺としても、本意ではないな」
「わかってるんだけど、なんか怖いんだって。……こう、千切られそうで?」
「――…そうか」
唇が弧を描く。
ぞわりと恐怖に似た感情と期待が綯い交ぜになって膨らんでいく。再び髪が、首に触れる。擽ったくもあり物欲しくもなる感覚に意識を奪われていると、また、別の。
「う、あ、――…」
つい声を殺して短く息を吸うと、ひゅ、なんて音がして。なんてことはないはずなのに、顔が熱い。果たして、呼吸音が原因なのだろうか。
ああ、まだ背中に痺れを感じている。こんな風に痺れるのは、どう足掻いても賈充だけだ。噛むな、とは言ったけど。期待もしていたけど。やり返してやろうか、でも、もう少し。いやもっと。
「賈充、」
「どれならいい」
「……どれもいいけど、嫌」
「――…難しいな」
「楽しそうにしといてよく言う」
今の私の表情も、感情も、どうにか全て伝えられないか。与えられないか。いっそ、伝染させられないか。
「くくっ……、なまえの話でも、あるがな」
強請るように腕を回せばまた背が痺れる。
ああ、この空気は、とても好き。
20140504