戯れる

※男主/男×男注意

いいものがあるのよと、艶やかさの中に少女を潜ませた笑みで告げた春華殿にいただいたのは、香であった。

男が纏うには実に甘ったるい、吸い込むと体内に充満して留まる重さ。そういえば「私には甘すぎるから」とも言っていた。
こういった華やかな、甘いそれが似合いそうな春華殿さえ拒否するものが、何故俺に似合うと。まったく不思議なご婦人だ。


「…………平気なの?」
「そこまで顔を青くするなら、空気を入れ換えろ」
「え?……まあそうなんだが……今は、賈充がいるし」


我が物顔で寛いでいた客人は、知能の向上にと鍾会殿に押し付けられた書物から顔を上げて俺を見る。
香はといえば、部屋の隅で相も変わらず強い甘さを放ったまま。消してしまえばいいのだが、いただきものとなると粗雑に扱えない。

そもそも、換気に開けていた扉を閉じさせたのは賈充だろう。するりと猫のように入ってきて、だから胸焼けするような香りを追い出すことが出来ないまま、元通りになったんじゃないか。


「意味がわからん」
「猫が戻らないと心配になるだろ?」
「…………」
「….…いや、あの」


そうして物を言わず目を細める様なんて、正に猫だと思うのですが。

日頃はこれでもかと秘された身体の線は背丈の割には頼りなく、司馬昭殿の横にいるとまあ小柄に見える。実際、小柄でもなければ筋肉だって人並み以上だろう。
まあそれでも、言うなれば猫の中でも一等お高い猫、というのか。そんな発言を賈充が受け止めるはずはないと知っているので、多くは語るまい。

ふらりふらりと気紛れで人を惑わす猫のように、目的もなくやって来た賈充が声を発することもなく消えてしまうのは寂しいだろう、あまりにもと。

そういうことだ、つまり。


「見られるのも嫌だし」
「困ることは何もないが?――…ただ、この香りが漂っていれば妙な話も流行るかもしれんな、確かに」
「男二人がこんな甘ったるい香りを纏うのはさ。噂話をする人間の表情もえらく違うぞ」
「阿呆なことを」
「阿呆なあ……」


愉快そうに緩んでいた表情が、疑問に染まる。

司馬昭殿は、司馬師殿もついでに、こんな風に賈充の表情が変化することを知っているんだろうか。いや、司馬昭殿は知ってるか。意識を向ければ賈充はあの人と話していることが多いから。

ならせめて司馬師殿には勝ってるといい、と思う。


「――例えば、こうやって近付いたり」
「なまえ」
「いった!」
「調子に乗るな。許容してやれんぞ」
「お前の基準がわからん……」


こめかみが痛い。
賈充って意外と手が大きいんですね、背丈を思えば納得ですが。

あと腕力も、あるのね。

20150114

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