※男主
純粋な人間が嫌いなわけではない。汚れのない真っ直ぐさは好感が持てるし、己ではもう振るえぬものだから、羨望に似た感情を抱いてもいる。
それはそれでいいのだ。
それも人の味、そのままで何一つ問題はないだろう。真っ直ぐ故の弱さはあるが、そんなものは策を練ろうが姑息であろうが、変わらないのだし。
「……特にない。文鴦殿は文鴦殿の職務を熟されては如何か」
「畏まりました。ではなまえ殿、何か入り用がございましたら申し付けを。微力ながらこの文次騫、お助けしたく思います」
「…………ああ」
丁寧に、それはもう丁寧に揖礼をし立ち去る男。
文次騫、彼に「私は惚れているのです」と告げられてからどれ程経ったのか。最初は色事の相談かと思い難色を示したのだが、察した文鴦は踵を返すのではなく「いいえ、そうではなく」と繋いだのだ。
惚れているのは、なまえに。その姿に心が熱くなるのだと、性格のように真摯な瞳で告げられた。
成る程、色事ではない惚れる。
なまえが曹魏という国に惚れ、そこに息吹く人に惚れたように。文鴦にもそれを感ずる心があったというなら真に喜ばしい話ではある、が。
(……参った)
手合わせは己の鍛練にもなる。しかし文鴦はその姿に惚れたのだという口で、武を高め合うだけではなく手助けをしたい、些細なことをしたいと言うのだ。
そんな相手の対処など、知るはずもない。
(文鴦殿に悪意が欠片もないのが、余計に――…)
躱す語彙もそう持ち合わせていないため、そろそろ限界だ。だが、好意を向けてくれる相手を邪険に扱いつづけるのも芳しくはないだろう。
文鴦程とは言えないが、なまえとて武人。か弱くはないため、日頃頼ることは皆無なのだが。
「なまえ殿」
「ん?」
去ったその時と同じように。実に丁寧な揖礼をしてみせた文鴦は、なまえの反応を見て息を吸い込む。
「必要な書を探して来いだとか、馬の世話であるとか。そういったことでも、構いませんので」
「いや、」
「なまえ殿のお役に立ちたいのです、少しでも」
「それは――…うむ……」
もはやそれは、下男というか。
しかし文鴦を焦がす感情も理解出来るからこそ、言葉は口から出てこない。
20131013