縋る

あの日、この子はどんな顔をしていたのだろう。己の選択に後悔なんてないけれど、唯一、それだけが気掛かりだった。

この子は弱い子ではない。だから自分が傍で守ってやる必要はない。
それは確かにそうなのだけれど、行こうと、そう言いたかったのもまた事実なのだ。


「なまえ、なんだ、まだ生きてたのか」
「死んでてほしかった?」
「いや。よかったよ、生きてて」
「……夏侯覇も」


奇妙だ、実に。
今やなまえは敵。かつては同じ土地を歩き、同じものを目指し、愛していたというのに。

いや、揃って今も、同じものを愛しているはずなのだ。それでも刃を交え、互いに譲ることはしない。
出来ないだなんて甘いことを言えた立場ではないとよくよく知っているから。勿論それだけではなくて、ああ、なんだかよくわからない。


「どけって、」
「いやいやいや、それはお前への侮辱だろ」
「――…だって」
「魏を守りたいから、俺を通すわけにはいかないんだろ?」
「………っ」


なまえと刃を交えることは何度もあった。もっとも、今のように殺気立ったものではなく、互いを高めあう鍛練という形ではあったのだけれど。

父も叔父も、時折様子を見に来てくれた。なまえにはがむしゃらに突っ込むだけでは勝算はないと言い、夏侯覇には隙を狙う人間を捌けねばならないと言い。

その教えは、見事に守られているらしい。
何もこのような形で知らなくても、と言いたくもなるが。


「俺だって、望むものがあるから退きたくない」
「ちゅうけ――、夏侯覇、」
「うん。俺はそれを守り抜きたいんだ」
「えっ?」


曹魏という大国を築き上げた人がいた。
長い間を共に歩み、命を散らした人がいた。その中で夏侯覇は、なまえは生きてきた。

夏侯覇という、なまえという生の大半を占めるのは国への、夏侯への誇りだ。夏侯覇が、夏侯淵が貴んだものは今の魏にはない。だから、ここにいる。


「お前は」
「――…わ、私は、私には、あそこしかないから。義父上が沢山のものを与えてくれた場所は、あそこだから」
「……うん、変わんないんだな」
「夏侯覇は」
「俺が貫きたい誇りはあそこにはもうないからな。だから行かせてもらう、何がなんでも」
「行かせない!――…何が、なんでも!」


結局のところ。
ぐしゃぐしゃの泣き顔が求めていたのは仲権ではない、ということなのだ。

20131225

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