飽きる

ひい、ふう、みいと指を折り、なまえはおやと首を傾げる。すると王元姫が動きを止めて向き直るものだから、それならば、となまえも姿勢を正した。
静かで利発そうな瞳に浮かんでいるのは疑問。彼女が期待するほどの悩みなんてものは、出てこないのだが。


「私、諸葛誕殿と食事をしたことがない」


疑問は疑問でも、不安の消えた疑問の色。「何を言っているの」と音にはされずとも聞こえてきた。
司馬昭の前(あの一族の前、だろうか)では常に落ち着いて動じることなく構えている印象のある王元姫は、なまえの前ではその歳相応の反応や表情をしてみせる。

そうして伝わってくる情というものを、なまえはそれなりに気に入っていた。


「私もないけど」
「だって元姫は誘わないでしょう?」
「……。まあ、そうね」


王元姫の指先が手元の書物をなぞる。こういっては失礼な話、なまえがこうして片付けを手伝っているのも暇を持て余しているからなのだ。上手くいっていれば今頃は、食欲をそそる香りに包まれ談笑でもしていたはずである。

現実はまあ、こうして少し埃っぽく薄暗い部屋で書物の整理を行っているわけだが。


「十回以上?」
「それだけ断られているのに、よく諦めないわね」
「だって行きたいし」
「……ああ。それで手伝うなんて言ったの」
「それも一部ではあるけど。ちゃんと元姫を助ける気持ちもあったよ?」
「そういうことにしておく」


何処かに出かける様子だったから声をかけたというのに。一息吐くところだとも言っていたから、食事にはいい頃合いだろうとも思ったのに。

満面の笑みでのお誘いは、聞き慣れすぎた「申し訳ないが、」の一声で砕かれたのである。成る程、暇は暇でもなまえに割くための暇はないということかと、妙に納得してしまった。


「有り難いのだがって言われるんだけど、素直にとるべきじゃないのかな?」
「嘘を吐けるほど器用な人ではないし、言葉通りの気持ちだと思うけど」
「…………可愛い」
「そう。よかったわね」
「そんな風に言うけど、元姫だって司馬昭殿のこと同じように思ってるでしょ」
「思ってない」
「ふうん?」
「……ほら、手を動かして」
「はいはい」
「なまえ」
「ごめんって」


真面目すぎる、と言いたくなるくらい堅いところが好きなのだ。

そんな相手だから、気軽に二人で食事に行くなんてことはないとも思っている。なまえにとって軽いことだと言いたいわけではないが、諸葛誕ほど重く捉えているわけでもない。いや、諸葛誕がどう考えているかなど、なまえにはわかりはしないのだが。


「元姫は、司馬昭殿に断られたらどうしてる?」
「どうしてるって、……よく、わからない」
「あ」
「あって何」
「いや、経験がないってやつかな〜と」
「なまえ」
「え、これも駄目か」


最初は戸惑いながら言葉を探していた諸葛誕も、今や決まりきった流れの一部のように断る。なまえに対して断り慣れてきたのではないか、と思えるくらい。

司馬昭は笑いながら「頑張れよ」と言う。ただ面白がっているだけに違いないが。そういえば、大して口を開いてはいないくせに賈充も笑っていた。

二人して馬鹿にしているのだろう、あれは。


「……落ち込んだりしない?」
「もうそこは通りすぎたというか」
「考える間もなく断られてるのに?」
「落ち込むというか、飽きてはきたかな?」
「飽きるって……行きたいから諦めないって言ったじゃない」
「うん。だから、さっさと捕まえなきゃなって思ったの。今」
「捕まえる?」
「断られることに飽きてきたから。司馬昭殿みたいに文句を言われるわけじゃないし、可能性はあるでしょ?」
「どうかしら」
「諸葛誕殿が断ることに飽きる可能性もあるし!」
「……それこそ、どうかしら」


いっそのこと引っ張って行けば。
なまえが言うと、「本当に嫌われるわよ」と静かながら強く咎めるように、王元姫が吐き出した。

20151111

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