憎む

「ああほら、見えますか?司馬懿」
「……失礼ながら、何が」
「まあ!あちらに咲いている花ですよ。あれは母様がお好きな花だったでしょう?」
「――…ああ、そうでしたな」


柔らかな笑みを浮かべるなまえに僅かに意識を向け、司馬懿は件の花へと視線をやる。

似たような言葉を何処かで聞いた覚えがあるような。ああ、そうだ。
確かその夫、なまえの父が口にしていたのだったか。

あれは、妻が死んでから。寡黙な男が唐突に口を開いたものだから、司馬懿も対応に困ったのだ。


「そういえば、父様のお好きなお花を伺ったことがないわ。……残念ね、部屋に活けておこうかと思ったのだけれど」
「左様に、」
「司馬懿は知っている?」
「……いいえ。申し訳ございません」
「――…そう」


城内を包む空気は随分と変化した。流れは司馬氏へと傾いている、確実に。そして女は見目が成長するばかりで、年数を経る度に態度は幼さを増している。

その様子を夏侯覇は案じていた。たまには顔を出してやらないと、などと健気なことを口にしていたか。


「……ああ、あれは司馬師――…司馬昭?どちらかが好きな花だったわよね」
「そのような些事までご記憶いただけているとは、……筆舌に尽くしがたく存じます」
「あら、いいのよ。そんなこと」
「いえ、我が愚息を気にかけていただけるのは、」
「別にそういうわけじゃないわ。母様のお好きなお花の方が気品に溢れて美しいと、それで覚えていただけだもの」
「――…」
「ねえ、司馬懿はどの花が好き?あ、御祖父様のお好きなお花は知っている?」
「…………いいえ」
「あら、そうなの。司馬懿は確か――…御祖父様に用いられたのだったかしら」
「……ええ」
「そう」


今度、夏侯覇にも話を聞いてみるわ。

やはり表情は柔らかで、それが意図を覆ってしまうようで気味が悪い。何も考えていないのかただの児戯なのか。
そこまで頭のいい女だとは、思えぬが。


「立派になったわね、本当に。ねえ、司馬懿?」


時は唸りを上げて動きつづける。

忘れさせはしないと、そんな幾重もの音が、聞こえた気がした。

20131225

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