奪う

いけない。
反射的にそう感じて取った行動。差し入れた指を引き抜けば、女は激しい咳を繰り返す。ぬるりとした、普段にはない指の感覚。潤んだ瞳に背中を這い回るのは、愉悦だろうか。

まさか、そんな感覚が潜んでいたとは。


「噛み切って死ぬつもりか」
「愚か者を恋う女は自害の価値もないと?……ああ、自らの手で肉を裂くのがお好きと。流石は司馬に生まれた男児ですね」
「挑発か?残念だが、そのような低俗な言葉に乗るほど私も暇ではない」
「ならば殺せばいいでしょう、皆をそうしたように私のことも」


ささやかな抵抗、といったところか。
投げ付けられた砂利は衣服をかすかに汚す程度のもので、それすら手で払えば落ちてしまう。

この女が曹爽の傍らで馬鹿みたいに微笑んではしゃぐ姿を、何度か目にしたことがあった。愛嬌に溢れた女であると思っていたが、成る程。
人でないものを見る表情も、備わっているではないか。


「私もあなた方が廃すべしとする人間の息がかかった者ですよ?刃を取ったことがないからと侮っては、その首が危うくなろうものを」
「そんなに死にたいか?――…曹爽のいない世は、なまえ殿にとっては色がないと。それこそ偽りであり、これから作られる世こそが光だというのに」
「司馬にお生まれになったあなたにとってはね」
「己に向けられる軽蔑と殺意が怖い、と?華やかな、酒と遊戯に溺れられぬのが堪えられぬと?」
「――私は曹爽様を、」
「今ここにいるのは司馬子元だ。曹爽などではない」


再度砂利を掴んだ手をそれごと握り込む。拡張したのは一瞬で、すぐさまなまえの瞳には憎悪が宿った。

父は、女が微笑む様を目の当たりにしたことはあるのだろうか。司馬師自身は、何時も少し離れた場所で見るばかりだった。


「――…よって、生を決めるのも曹爽ではなく私だ、なまえ」


目に映るものも、その心に残るものも。

根こそぎ塗り替えてやろうではないか。

20131213

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