失う

司馬昭様は、誰にも告げずに姿をくらますことが増えた。

これまでも似たようなことはあれ女官や兵士に一言残していたというのに、最近はそれすらない。黙って消えたかと思えば黙って帰ってきて、特に謝罪を述べるでもなく部屋に戻る。
その姿に眉を寄せるのは賈充殿であり、少し躊躇いながらも思案するのは王元姫様。

司馬昭様を思ってのことではあるが、彼女の苦言もこのところは鳴りを潜めている。気遣わしげに揺れる瞳は答えを見出だしておらず、明確でないから、声を掛けることも躊躇ってしまうらしい。


「――元姫でも賈充でもないのか」
「……お二人は、司馬昭様を案じておいでです。せめて行き先をどちらかに告げられては、」
「川に行ってきます、で本当に明日もここにいる保証はないだろ?」
「何時もいらっしゃるのは……」
「今日はたまたまここだった。それだけかもしれないしな」


ついに溢れてしまったのか、王元姫様は私に司馬昭様を捜すように命じられた。「何時もの面倒癖が出ただけならいいのだけど」と、決してそれ以上を告げることはなく。

私は王元姫様の側仕えではあれ、司馬昭様のことはわからない。王元姫様が案じるように司馬昭様を気にかけたこともなければ様子の違いを見抜いたこともない。
それでもこのところの彼が慣れた行動から外れていることは、理解している。


「私はともかくとして、王元姫様と賈充殿は……」
「お前はともかく、か」
「あっ、……いいえ。全く気にもならないかと言えば、それもまた」
「言い訳なんかいいって。……寧ろそれがいい、気楽で」
「……気楽」
「賈充は機嫌悪くするんだけどな」
「…………はあ」


以前よりも、司馬昭様の言動を気にかける人間は増えた。彼の指示を待つ人間も、どんどん増えている。司馬昭様は、国を導く存在になるのだ。

司馬師様がご落命なさり、皆が自然と司馬昭様を見る。一挙一動で多くの思考を決めてしまう人になった、司馬昭様は。


「賈充は俺を案じる人間が増えるほど、指示を仰ぐ人間が増えるほど喜ぶんだよ。――…だけどそれは」
「ですが賈充殿は苛立って……紛れも無く司馬昭様を、案じて」
「元姫はどうなんだろうな。そりゃ俺の態度もあるにはある、でもあっちもこの頃変――…違う、気を遣ってるんだな」


そう言って渇いた笑いを零すとつかえたものを吐き出すように嘆息して。
それを私に話すのは、私が王元姫様に近い人間だからだろうか。本来伝えたいはずの王元姫様や賈充殿には言える状況ではなく、私が司馬昭様に期待を抱いているということもない、から。


「えーっと、なまえ」
「えっ?あ、はっ、はい」
「あとどんだけのものが消えるんだろうな」
「…………さて」
「こうやって過ごすこと、自分のことだけ考えること、……賈充との関係とか、元姫は」
「…………」
「お前――は、失うってほど、親しくもないか」
「……そう、ですね」
「そうですね……、本当にな」


他にもっと答えがあったのではないか。
それが何かは、わからないのだけれど。

20130905

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