「…………」
「…………」
「……そうだ、それでいい」
「誠に、心からそう思われておりますか?」
「…………」
「……思っている、と。建前でもおっしゃってください」
私が目を伏せそう言えば、「孟徳が」と、非常に力の篭った、恨めしいと言っているようにも聞こえるお声が届く。「いや、違う。俺だ」、今度は何時ものように響いたけれど、それは手遅れというものです。
「そのように初な反応をされては、私だって口に出来ませぬ」
「しておらんだろう。初などと、適当なことを言うな」
「適当ではありません。紛うことなき貴方様を示す音ではありませぬか。だというのに、黙されて」
「それが何故初になる。馬鹿にしているのか?」
「そうして饒舌になるのがますます、と。……やめましょう」
「…………そうだな」
何時までも夏侯惇では味気無い。
他人ではないのだと殿はおっしゃり、字で呼ぶことを命じられた。
仕方がない、というだけではないけれど、故に私は形を変えたのだ。
元譲様。口にしてみるとなんとも気恥ずかしい。私だけなのかと思っていたそれは、どうにも彼の方が上だったようで。
「初めて、ではございませんでしょう」
「しつこいぞ」
「殿はもっと言いましょう」
「……喧しい女め」
「元譲様」
「…………」
眉間に皺を寄せ、それから人の頭をぐしゃぐしゃにする。窺い見たお顔の、なんとまあ赤いことか。
「――殿が命じられた理由、わかった気がいたします」
「やけに饒舌な。そのうち舌を噛むぞ」
「元譲様こそ」
こうなることを、殿はご存知だったに違いない。
ああ、そういえば。
ご命じになったあのとき、また碁から逃げたのだとおっしゃってもいたか。
20131215