視線がさ迷っているのも声が小さいのもいつものことだが、「ごめん」の一言きり何も言わなくなってしまった幼馴染みが不思議で仕方がなかった。まあ、八割九割不思議な人物ではあるのだが。
どうにも彼が黒尾に対してすまないと感じていることは詳しく話したくはないらしく(面倒なのか話せないのかは知らない)、ただ「ごめん」とのことである。相手がとにかくごめんならこっちも取り敢えずいいよでいいか。時間の無駄を避けようとそう返すも孤爪の様子は渋々納得という風で、結局自分はどうするのが正解だったのかわからずじまいであった。
それが確か、昨日の帰り。朝も元気がなかったかと今になれば思うのだが、原因はこれ、なのだろうか。
「クロさんですよね!」
「ええまあ、黒尾のクロさんです」
誰だろうこの子は。そう考えながら弾む声に返答すれば更に幸せそうに輝いた。クロさんですよねと聞くのだからと知り合いではないらしい、ならば記憶違いではないかと一息吐くと女子はニコニコと黒尾を見詰める。
好意的な女子の視線は大変によろしい。告白という雰囲気でもないが。
「孤爪くんに聞きまして」
「へー、はあ」
「それ以前に孤爪くんがクロと呼んでいるのを偶然耳にしたんです。問い詰めてみたら三年生のバレーボール部主将、黒尾鉄朗さんだとわかって。会いたかったんです私、クロさんに」
「…ソウデスカ」
そうなるとこの女子は二年生か、研磨はさぞ逃げたくて泣きたい気持ちだったろうと思う。
普段から目立ちたくないと体を縮めているのだから、女子に声をかけられたことで更に小さくなったに違いない。それは愉快だろうとも思ったが、今は関係がないため置いておくとしよう。
しかし何だろうか、女子から感じるパワーは。黒尾でさえ苦笑が浮かぶのだ、あのコミュニケーションを極力避けている人間には堪えがたい人種であったろう。
ジュースでも奢ってやるかなどとつい甘い思考に浸ってしまった、ほんの少し前までは大爆笑間違いなしだったのだが。
「私、みょうじなまえといいます。黒猫のクロを飼ってました」
「あ、はい、そうですか」
黒猫のクロとは安直な。いやまあ黒尾自身も白猫をシロと呼んでみたり黒猫をクロと呼んでみたり三毛猫をミケと呼んでみたりはするけれど。
確かに孤爪は黒尾をクロと呼ぶので、別のクロと親しいみょうじにしてみれば反応をしてもおかしくない事柄なのだろうが。
「……」
「……」
「……」
「…えっと?」
「クロ、死んじゃって」
「え」
ますます反応に困る。
知らぬ相手、知らぬ猫の話、答えに困っていたら死んだときた。もうどうしろと。滅多にならない泣きたい気持ちだ、これは。
「悲しいときにクロって聞いて、これはきっと運命だって思ったんです」
「…クロさんと俺?」
「それから、私とクロさん」
そのクロさんはどれで何故自分は黒猫をクロさんなんて呼んだのか。大真面目で元気な少女に気圧されたのか、確かに引いてはいたが。
「付き合ってください、クロさん」
「…はい?」
「運命なので!」
「いや、黒尾一族が全員クロなんだけど」
「孤爪くんの声に反応して、振り返ったら大きな黒い頭の人もいて。あれがクロに違いないって、きっと導いてくれたんだって!生まれ変わりだろうって!」
「あー…ああ、はい、はあ…」
こう、頭があれな感じの子なのだろうか。孤爪が遊んでいた数あるゲームを覗いていたときこんな性格の人間がいた気もする。細かい内容は覚えていないが。
「…その、クロさんは。似てんの?俺に」
「いいえ。クロは目がぱっちりしてて小さくて、甘えん坊でした」
「クロさんはいつ」
「……一週間くらい前に」
「…俺はもう十数年はこの世に生きてるんだけど」
落ち込むようなことを聞いてしまったのは申し訳ないが、みょうじの生まれ変わり説を信じるならば瞬時にクロが黒尾に入ったというのか。変身したとでも。そもそも似ていないと言ったではないか、みょうじ自ら。
「っ、でも!でも、絶対に運命なんです!!だから好きです、クロさん!」
「それ俺じゃなくてクロさん――…クロだろ」
「クロさんはクロでクロはクロさんです!!」
「俺は黒尾鉄朗だよ!」
こんなにときめかない告白、はじめてだ。
end.
20140708