大河タケル

おかしなところはないだろうか。そう思いはしたものの、お洒落なんて縁遠いため変なのかいいのかもわからない。とは言えアイドルとしてある程度の年数を重ねては来たのだ、それなりの水準を満たしてはいると思う。普通ではあるはずだ。待ち合わせ場所に向かう前に道流にも確認はとったし、彼もお世辞を言っている風ではなかった。「四季とか春名の方がいいんじゃないか?」なんて、困らせてしまったけれど。

確かに、そうだ。
頭ではわかっているのにそうしなかったのは、気恥ずかしさがあったから。「デートだ!!」と、主に四季に言われそうな気がしたのである。当然デートではないし、いい加減に異性の喜びそうなものくらい迷いなく選べるようになるべきだとも思うのだが、こうも目まぐるしく新商品だの流行りだのが生み出されては処理が追い付かない。

タケルが悩んで選んだものならファンは喜ぶと彼女は言うけれど、そこにプロデューサーがいるだけで安心感が違うのだ。癪ではあるが、恐らく漣も。道流はとっくに準備をしていたし、漣は言われようが引っ張られるまで候補すら考えないのだろう。

そういえば、恭二も随分と悩んでいるようだった。みのりに相談してみるかとも思ったらしいが、曰く、「自分で選ばないと俺は俺のまま」だそうだ。そのため、タケルも購入品を確認してもらうだけにしようと決めたのである。

ならば、別に待ち合わせの必要などなかったのだが。


「待たせてごめんね」
「――…いや。こっちこそ、休憩中に悪い」


どうすれはいいのか、どうしてもわからなくて。口にした言葉は紛れもない真実だ。けれどその後に口をついたのは、「だからアドバイスがほしい。クリスマスのときみたいに」という、これも嘘ではないにしろ、何だか言い訳じみた言葉であった。

言い訳じみた、だなんて、以前は考えもしなかったのだろう。意識するようになったのは、自分が幸せを感じた際に自然と彼女を思い出すようになってからで。


「タケルはご飯食べた?」
「まだだ。アンタは?」
「お、よかった。タケルと食べようって考えてたから、私もまだなんだ」
「…………そっか」
「今回は平気だったけど、次は確認しないとだね。タケルも折角のオフだし」
「いや、それは別に。アンタに声掛ける前からオフに探すって決めてたからさ」
「漣もそうしてくれたらいいんだけど。時間見つけて連れていかないとなあ」
「……そうだな」


浮いたり沈んだり、いや、沈むというよりは苛立つ、だろうか。彼女の口から漣の名前が出て、何かしら話をする。ほんの少しだけ、それが気に入らない。全く話題にしないなんて無理な話だし、口にするなと言いたいわけでもないのだが、それでも。まあ、理不尽だとは思うけれど。


「食べたいものある?」
「食べたいもの……考えてなかった。なんつーか、ソワソワして」
「ソワソワ?」
「おかしくないか、つい考えちまって。…と、大丈夫か?変なとことか…」
「タケルの格好がってこと?全然!似合ってるよ、やっぱりかっこいいねぇ」
「――……アンタが言うなら、うん。……大丈夫だ」
「そう言われるとなんか照れるな、嬉しいけど」


彼女は、プロダクション所属のアイドル全員をかっこいいとも可愛いとも思っている。だから言葉に一切裏なんてないのだ。素直にタケルをかっこいいと思ってくれている。本人にそんなつもりはないのだろうが、褒められれば漣も露骨に喜んでいるし、道流も照れながらも幸せそうだ。

タケルとて同じ気持ちなわけだから喜ぶなとは言わない。嬉しいのだから仕方ない、我慢をする方が難しいのだから。ただ。

頭では理解出来ても心まで理解し納得するか、は別問題なのである。再三にはなるが。


「……プレゼント、もう皆選んでんのか?」
「何人かは事務所でラッピングしてたよ。恭二はスマホ見ながらすごく悩んでたな……みのりさんとピエールがアドバイスしたそうでね。ラッピングもした方が喜んでもらえるよなって、難しい顔はしてたけど、楽しそうでもあったかな」
「楽しいか。……俺も同じかもな」
「どんなものにするか決めてある?」
「いや、しっかりとは。全員とってのは難しいだろうけど、出来れば被らない方がいいよな?……俺が使ってるの、お揃いって、どうなんだろう」
「お揃い!ネックレスとか?スポーツタオルもいいかもね」
「どうせならメッセージカードをつける、とか。……その方が特別な感じ、するよな」
「あ、いいね!そういうことする機会も減ってきちゃったし…うん、喜んでもらえると思うよ」
「……よし。じゃあ、普段俺が行くとこ、回るか」
「うん。……なんか楽しみだなあ」
「え?」
「タケルのことは色々知ってきたつもりだけど、休みにどうしてるかまでは知らないから。新しい発見って感じが、嬉しくて」
「――……そっか。アンタが嬉しいなら、よかった。誘ったの、やっぱなんか、引っ掛かってたからさ」


そう零すと、受け止めた彼女は目を丸くして程無く笑顔を見せる。覚えるあたたかさは、抱いてはいけないものなのだろうか。

誰かを想う感情は単純に善し悪しで分けられるものではないと、難しいものだろうと、結婚をテーマにした撮影のあとに道流が言っていた。突っ走るのも若さかもねと笑ったのは次郎だ。限度と常識はあるけど、外れない範囲なら間違えてみるのも勉強かもね、と。


「タケルこそ、隼人とかと遊んだ方が楽しいでしょ。今日は遊びに行くわけじゃないけど」
「俺は――…………楽しいし、嬉しいから」
「……おお」
「アンタといるとそうだから、別に。いつか出掛けられるといいな、遊びで」
「…………私と?」
「アンタとってつもりで言ったんだが……上手く伝わらなかったか?」
「いや、十分すぎるくらい伝わったけど」
「そっか。なら、よかった」
「よかった…」


タケルはなんか、最近そうだよね。言葉を選ぶように彼女が言う。最近、そう。そう、とはなんだろうか。限度や常識から外れているのだろうか。しかしそれを尋ねることこそ、咎められる気がしてしまう。

咎められることが怖いのではなく、そうされてはもう一生、この感情を封印してしまわなくてはならないようで嫌なのだ。彼女を大切だと思うから、余計に。

だから芳しくない反応は避けて、大丈夫ならば少しだけ。ほんの少しだけ踏み込んで、伝えられる部分を贈ってみる。止めようもなく溢れてくる想いがあるのだ。自分の中に閉じ込めておくには大きすぎる想いが。


「……悪い」
「え?」
「困らせちまったみたいだから。そんなつもり、なかったのに」
「いや、それは――…私の過剰反応、というか。タケルが気にすることじゃないよ。私こそ、気にさせてごめん」
「いや…」
「誘ってくれてありがとう。タケルの気持ちは、すごく嬉しいよ」
「……うん」


ずっとこの距離に浸っていたいような、違う形にしてしまいたいような。絶妙なバランスで成り立っている感情は心地よくもあって、酷く気持ちの悪いときもある。

そうすると、次郎の言う常識の範囲の間違いなんてものはないのではと思うのだ。だってこんなに不可思議で気味悪くもなる感情、誰もが味わうはずがない。よくないから負の要素が働くのだと、そんな風に思うのだが。


「――…やっぱ、じっくり考えんのって苦手だ」
「あはは、漣も言ってたな、それ」
「アイツの話は…………いや、そうじゃなくて」
「よし、早くご飯食べに行こっか!すっきりするよ!」
「飯食ってそうって、本当にアイツみたいでなんか…嬉しくない」
「じゃあ私も漣か」
「え、……アンタは、アンタだ。アイツとは全然違う。少しも似てない」
「そんな顔して言わないの。仕事とかライブではちゃんと息が合うのになあ」
「それは――……アイツの身体能力はその、まあ、悔しいけど高いって思うし、そういうの見てると俺もやってやるって気持ちになって……それと、……なんだかんだアイツと同じステージに立つことは多いから、わかってきたというか、覚えたって言やいいのか、そういう」
「いいことなんだから。普段を見てたらまあ、タケルの気持ちもわからないでもないけどね」
「ん」


ラーメンだといつもと変わらないよね。男道ラーメンに行きたくなっちゃうし。

そう吐き出すプロデューサーの後ろを歩きながら、その背中を見つめる。間違いではないが、今のは絶対に失敗だ。漣ならばタケル以上にしどろもどろになるに違いないが、そんなことはどうでもよくて。ふつふつと沸き上がるのは羞恥心だろうか。


「折角なら、道流にも内緒で用意したいもんね。男道ラーメンで相談したら協力してくれそうだし」
「っと、ああ。既にアンタに助けてもらってんのに円城寺さんまで巻き込んだら、流石にかっこ悪い。ちゃんと俺も成長したんだってとこ、見せたいんだ」


ここに来る前に道流には会っているから、今日の目的も知られてしまっているけれど。いつも助けられているからこそ、彼にも安心してもらいたい。道流はタケルや漣の存在に勇気も力ももらっていると言うけれど、タケル自身その何倍も勇気をもらっている。確かに衣服の良し悪しは尋ねた。いや、だからこそ、それ以上は彼の力を借りずに成し遂げたいと思うのだ。


「来年、」
「来年?」
「アニバーサリーの前までに……ホワイトデー、とかさ。アンタの手を借りずに、出来るようになりたい」
「…迷惑ではないよ。道流だって」
「それもちゃんとわかってる。けど、俺だってアイドルだ。――……THE 虎牙道のリーダーだ」
「……」
「俺がアンタや円城寺さんを頼りにしてるみたいに、俺のことも頼れる男だって思ってもらいたい。何かあったときでも、俺がいるから大丈夫だって思われるようになりたいんだ」
「…うん、そっか」


最高の笑顔を向けてもらえるように。今以上にTHE 虎牙道の、大河タケルのファンになってもらえるように。そして、それから。


「あと、さ。ファンの視線全部。アイツや円城寺さんだって目を奪われるような、THE 虎牙道で誰よりも輝くアイドルに、絶対になるから」
「うん」
「THE 虎牙道どころか、315プロダクションで一番輝くアイドルだっていつかアンタに言わせてみせる。だからそれまで――……そんな日が来てからもずっと、俺たちのことよろしく頼む、プロデューサー」


それ以外だとか以上とか。
答えを出すのも求めるのも、それからだって遅くはないはずだ。


20181220

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