あの人のベクトルは散歩中

「よう」
「おはよう、岩泉くん」
「悪かったな、昨日」


言うと岩泉くんは鞄から取り出したパックジュースを私に向ける。おずおずと手の平を差し出せば、とても丁寧に紙パックを置いてくれた。顔はちょっと、笑ってる。


「…ありがとう」
「及川の面倒見てもらったしな」
「そんな、面倒ってほどでも…」
「つっても、それ俺の好きなヤツじゃねーし。買っちまったから貰っといてくれ、つか、じゃなきゃ困る」


好きなんだろ。
その言葉に頷くと「じゃ、やる」ともう一度。私は岩泉くんに感謝してるくらいなのに。及川くんとは話すけど、バレー関係で助けを求められることはない。
昨日は岩泉くんに言われて私に会いたがっていることを知って、愚痴っぽいことも聞けたんだ。だからお礼まで言われてジュースももらって、こちらこそ本当にありがとうございます、というか。


「大事に飲むね」
「別にそこまで…まあ、そう思ってんならそうしてくれ」
「…及川くんは」
「ウザかったから置いてきた」
「え」


岩泉くん曰く、昨夜だらだらと長く鬱陶しい、「ちょーカッコ悪い俺」の一言で終わるようなメールが届いたらしい。面倒だからと無視をしたら、今朝いつものように合流した際それはもう果てしなく、今年一番のウザさだったと。

出会い頭、道中と同じ話を繰り返されて耐え切れなくなった岩泉くんは校門を目にした途端に早足。文句を言いたげに眉を寄せた及川くんに「このまま順調に行けば下駄箱で鉢合わせだな」と放ち、今に至る。のだとか。


「………」
「お前が原因じゃねぇよ。あいつが勝手に昨日の及川さん間違いなくカッコ悪かったよね、有り得ない幻滅されたみょうじちゃんの顔見れないとか泣きマネかますのが、死ぬほどウザかったってだけだ」
「そ、そっか」
「そんなことでみょうじが呆れるかって」
「えっ?ま、まあ」
「言ってねぇけど」
「あー…」


岩泉くんに置いていかれたら追いかけてきそうなのにしないのは、私に会いたくないからか。確かに勝ちたくてというか調子に乗って「岩泉くんが、」なんて話をしてしまった。例えばあそこで告白でもしていれば、今の立場が逆転しただけなんだろうし。

だから責めたりしない。ちょっと、寂しいけど。


「及川さんは強豪バレー部の主将でイケメンだから、どんな姿も女の子をときめかせちゃうよね」
「言ってたの?」
「くらい言やいいだろお前にはって話だ。…言ってやんねーけど」
「似せる気ないね、さっきから」
「真似する気がねぇ」


心底呆れたような表情なのに玄関口を気にしている。どれだけ悪態を吐いていても、岩泉くんと及川くんが仲違いすることはないのかもしれない。

それに、「メール入れとくか」と零した岩泉くんは、何というか。


「…お兄ちゃんみたい」
「はあ?」
「及川くんの」
「あんな弟いて堪るか。イラつくしウゼェしいいとこなしだ」
「ない?」
「……。なくは、ない」
「私はいっぱいある、と思ってるけど…」
「言ってやったら大喜びだろうな。一つずつ!とか騒ぐだろうが」


あ、笑った。
携帯をしまうとその笑顔を残したまま「行くか」と促される。そういえば、岩泉くんと教室に行くのははじめてだ。今まで玄関で会ったこともなかったし。


「いいの?及川くん」
「こっちは手間かけられてんだ。悔しがる顔の一つくらい、安いもんだろ」
「…悔しがるかな?」
「そりゃ会いたがるし。そのくせダサいだ何だで二の足踏みやがって、めんどくせーんだよ」
「……」
「何だ?」
「やっぱり兄弟みたいだなって」
「…だから、ねーよ」


そんなに嫌かな。
付き合いの長さはもはや家族みたいなものじゃないかと、暴言のようなそれも仲がいいから。ああ、幼馴染みだから我慢できる、とか。


「あ」
「ん?どうした?」
「及川くん」
「ハッ、間抜け面」


楽しそうだな、岩泉くん。



end.

20140924

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