伊瀬谷四季

「あ、プローデューサーちゃん?」


何度目かのコールのあと届いた応答に安堵と喜びと擽ったさ、様々な感情が競うように込み上げてくる。呼び掛ける声に、違和はないだろうか。

仕方がない、と言いたげな旬の視線に苦笑を返すと、ややあってから電話の相手から「順調?」と問いかけられた。うん、そう返せば「明日のお昼には着く予定だよ」と続く。本日、プロデューサーは大吾が出演するドラマの様子を見に行ったのだったか。それから雑誌の取材を受けるJupiterに同行して、終了後に事務所へ。新たな仕事の件で輝に話がある、とも言っていた。イベントライブの遠征組と合流するのは元々明日の予定、電話をかけたのも四季の勝手、なのだが。


「プロデューサーちゃん、なんか申し訳ないとか思ってない?大丈夫っすよ!最終調整も上手くいったし、明日の本番、ぜーったい驚くから!」


楽しそうな笑い声。つい緩んでしまう口許に、四季の声を聞きつけて顔を出した春名が何とも形容しがたい表情を浮かべる。「喧嘩は」と控え目に響いたのはまあ、漣のことであろう。S.E.Mの面々もいるため特にこれと言って、まるで合宿のようであった、くらいだろうか。


「お弁当の唐揚げ盗まれたけど、そこは玉子焼き盗ったんでおあいこっす!へへっ、問題なくやってるよ、やっぱ皆でライブに参加っていいっすね!面子が部活っぽいからかな?いつもと違う楽しさがあって」


プロデューサーは残念そうだ。「写真を撮りたかった」と絞り出すように言うではないか。すかさず類と道流が楽しそうに撮っていたと言えば声が弾む。自分も撮影に参加していて、たまに漣に文句を言われたことを告げると彼女は殊更楽しそうに笑ってくれた。旬にも何度か「こんなもの撮る必要はないでしょう」と言われはしたが、プロデューサーへの報告だと返せばそれ以上の追求はなく。それどころか、「それでもこれが必要とは……まあ、いいですけど」と視線を逸らしたのである。これを伝えたい気持ちは山々だが、流石に旬に恨まれそうなため止めておくとしよう。


「あ、でも、夕飯は漣っちとバトってたから写真ないっすよ〜!ん?いや、大したことないヤツ。さっき言ったおかずの取り合い?交換ってか…」


黙々と食べていたタケルにも飛び火して、最終的に道夫に怒られた。修学旅行とも言えるかもしれない。あんなに不服そうなごめんなさいは他にないだろうなと、妙なところで漣の癖の強さも味わったし。道流によるほぼ強制的とはいえ、あれはかなりの貴重体験だ。それから、日頃は穏やかに見守る道流の行動も珍しい体験のひとつだろう。


「――…あ、えと。今日の出来事を話したかったのもあるんすけど。湯冷ましに散歩してたら星がさ!サイッコーにキレイで!伝えたくなったんだ、プロデューサーちゃんに。明日も天気いいらしいからきっと見れるよ!楽しみっすね、プロデューサーちゃん」


その前に、一番かっこいいオレを見せるんだけど。その言葉は音になることもなく、四季の胃の府に落ちていった。電話という状況なのだろうか。普段は平気で口にするそれが、どうにも恥ずかしくて躊躇いが生まれてしまう。

それでも、想いのひとかけらでもいいから彼女に伝えたいと思うのだ。


「……ライブのあと、皆で見ようね!へへっ、明日の楽しみ、増えたっす!」


喉に張り付いた二人で一緒に、は。

たとえばそれが軽口だとしても、そう易々と言える勇気も度胸も今日は足りない。もしかすると今日だけではなく、暫くは。

そんな時は少しだけ、ふてぶてしく謝罪を口にしたあの姿を、羨ましく感じてしまうのだ。


20180420

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