漣と直央

「れ、れんくんっ!」


休けい中にごめんなさい。そう加えて居住まいを正す直央に視線だけをやり、体はソファーに寝かせたままで。プロデューサーちゃんに怒られるっすよ、と言ったのは四季だったか。机は駄目、せめてソファー、と怒鳴ったのはそのプロデューサーちゃんなのだから漣の行動に感謝こそすれ、叱責するのは筋違いである。四季は、「いや、そういう意味じゃないっしょ」と苦笑いしていたが。


「あの、れんくん。さっき、たいやき、買ってましたよね?」
「は?」
「プロデューサーさん、たいやきが好きなんですか?」
「……はあ?」


言葉への理解は、会話に支障をきたさない程度出来ていればいい。そのラインは余裕で越えているので直央の言葉の意味をいまひとつ理解しかねるのは漣の知能が足りないわけではない。はずだ。少なくともタケルよりは知恵が働く。はず。タケルだってこれは理解出来ないに違いない。恐らく。そんな思考をどう捉えたのか、直央は不安そうに眉を下げて漣を見る。真っ直ぐに、じっと。

香川でのライブでも感じたことであるが、岡村直央は弱々しく見えて頑固で、諦めが悪い。その根性は嫌いでは、ないが。


「……なんだそれ」
「えっ?……えっと、事務所に来る途中に、たまたま見ちゃって。れんくん、お金を払ったあと、もう1個って。……なんだか言いづらそうにしてたから、プロデューサーさんへのおみやげなのかなって、思ったんですけど…」
「…………ンなわけねーだろ」
「そうなんですか?れんくん、前もプロデューサーさんの元気がないからうどん、」
「……腹減ってただけだって言っただろーが」
「……そうでした!ごめんなさい!」
「ニヤニヤしてんじゃねぇ!」
「あっ、えっとこれは、……れんくんを馬鹿にはしてないです!」


プロデューサー曰く、輝くとびきりの愛らしい笑顔というやつで。こんな風に笑えてこんな風に発言が出来るというのに、何故あそこまで自分に自信を持てないのか。最強大天才のようには無理な話だが、直央は直央でこなせることも多いだろうに。出来るものを出来ないとして俯く感性というのか心情というのか、漣には到底理解の及ぶものではない。

そういえば。
そんなことをぽつりとこぼしてしまったとき、彼女は嬉しそうな表情で「もっと色んなことを知ったら、漣は今よりもずっといいアイドルになれるよ」と言ったのだった。言葉の意味はわからない。わかったのは、あの顔は好きではないということだけだ。嫌い、の一言で片付けるのも適切ではないのだが、その答えというのも漣には導き出せない。それもわかるのだろうか、経験を積み重ねていけば。


「直央、おはよう。漣も起きたんだ、おはよう」
「プロデューサーさん、おはようございます。……あ」
「直央もおやつ食べる?飲み物も色々買ってきたから、好きなの選んでいいよ」


開いた扉から見えた姿に、直央の表情が柔らかくなる。話題の中心であったプロデューサー。喉が乾いたと漣が言うと、買いに行くものがあったからと了承して出掛けたのだった。「漣、もう少し静かにね」とついでのように告げる彼女に、鼻を鳴らすだけの返事をする。何時ものように、眉を下げて彼女は微笑んだ。見慣れた苦笑だ。


「ありがとうございます、プロデューサーさん。でも、たいやきはプロデューサーさんのだから……」
「たい焼き?ああ、直央も食べたかったら半分、」
「オマエ!わざわざオレ様がっ、……たまたま、オマケで。余るっつーから、……まあこのオレ様がヒイキにしてやってる店だからな。カンダイな心で……」
「しどろもどろになってどうしたの」
「プロデューサーさん、笑っちゃだめです!れんくん、恥ずかしいからそう言っちゃうだけで…」
「笑ってんじゃねーよオマエら!!!」


袋の中身は大方漣の好みのものばかりで。上出来だと思えど褒めてやるのは癪なため、適当に掴みとって蓋を捻る。まったく腹の立つ。そのはずなのに。


「ありがとうね、漣」


そう言って直央との会話に戻った彼女に、不思議なことに頬が緩んでしまうのだ。


20180416

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