なんだか瞳がざわついている

俺には姉ちゃんがいる。
姉ちゃんと言っても本当の姉ではなく、姉のような人、だが。姉ちゃんと呼ぶからにはそれなりに親しく、それなりに付き合いが長い。そう言うともう一人浮かぶ人間がいるが、俺と違い人付き合いを苦手とする研磨と、俺と違いそこまで積極的に入っていこうとしない姉ちゃんでは何が進展することもなく、互いに俺と同じくらい付き合いはあるはずなのに未だにただの知り合いである。

まあそれはそれとして。俺と姉ちゃんが知り合ったきっかけというのは、小学生の頃の集団登下校だ。区域ごとに分けられたグループのようなそれで、姉ちゃんは班長なんてものをやっていた。全員揃ってから出発するのが恒例なもんだから、どうしたって待ち時間が生まれる。姉ちゃんと話したのはそんなちょっとした時間だ。姉ちゃんは俺のバレーの話をしっかり聞いてくれて、俺は兎に角早く行って姉ちゃんに練習中の新技や出来るようになった動き、将来の展望を話したくて仕方なかった。登校中も本来は学年順に並ぶところを語りたいがために姉ちゃんの隣にずっといた。同級生にからかわれたりもしたが、まったく気にせず並び続けてたっけ。

好きとかじゃなくて話を聞いてくれる人。姉ちゃんは、そんな人だ。

*

「姉ちゃん」


姉ちゃんが小学校を卒業して、数年後に俺も卒業して。姉ちゃんが中学校を卒業してから、俺が入学する。中学生と小学生じゃ時間の流れはまるで違い、高校は見事にバラバラだった。というか、俺自身が高校受験の時期に差し掛かるまで姉ちゃんがどこの制服を着ているかも知らなかったし、何なら音駒にしか興味がなかったから特に意識はしてなかったんだよな。俺の基準はバレーであって、姉ちゃんではない。姉ちゃんに関しては、ふと母親がこぼした「みょうじさんとこの娘さん、バレーやってるんだって」という言葉でバレーをやってることを知り、少し嬉しくなったくらいのものだ。続く「あんたと一緒ね」の言葉に緩む口許を引き締めながら吐き出した「一緒ってなんだよ」は、ちゃんと自然な響きだったんだろうか。


「ん?」
「髪伸びたな」
「今更?」
「や、久しぶりだし」
「ああ、まあそっか」
「バレーやってんの?」
「今はやってない」
「ふうん」


ちらりと見た数年前の姉ちゃんは、もっと髪が短かった。今はパッと見、誰か戸惑う程度には長い。けどそうか、小学生の頃も長かったといえば長かったのか。どんなものが好きか、どんな服装で髪形だったか。そんなこと考えながら姉ちゃんを見てはなかったからいまいち覚えてないけど。


「音駒か」
「え?あ、そう、音駒」
「鉄朗くんは変わらずバレー漬けなんだね」
「あーまぁ、そりゃ」
「何でちょっと照れてるの」
「えー?…何でデショ」
「ふふっ」


姉ちゃんの笑い方は、何だか大人っぽくなった。そりゃまあ大人だし、こんな風に話すのは小学生以来だとすれば当然か。小学生と社会人が同じなわけがない。面影を感じ取れるくらいだ。俺だって研磨の父親に会ったとき、「年重ねる度に悪人面になるなぁ」って言われたしな。悪人じゃないですよ、少しも。


「姉ちゃんが知らない人になったみたいで、ちょっと驚きデスヨ」
「そう?」
「化粧してるし髪長いし、俺の知ってる姉ちゃんがいない」
「…寂しいとか思ってる?鉄朗くん」
「え?…そういうわけでは」


その姉ちゃんの発言が実に照れ臭く、つい黙りこむ。そうすると姉ちゃんもだんまりで、様子を窺うように視線を送れば俺を見ることもなくぼんやり前を見ていた。

そう言えば、と。
母親がクラスの女子のようなノリで騒いでいたのを思い出す。俺と姉ちゃんは疎遠になったが母親同士の交流は続いていたらしい。それが気になるってわけではなく、今も続いている交流の中で聞いたらしい話。思い出したついでに何となく見つからないよう、視線を動かす。どちらかと言えばしどろもどろだったりひた隠しにしている相手を暴くのが好きなので、この行動はあまり性に合わない。見つかったらなんだって。困りはしない、別に。


「姉ちゃん」
「ん?」
「オメデトーゴザイマス」
「えっ?……あっ!おばさんから聞いた?」
「ソウデスネー」
「何でさっきから棒読みなの」
「ナンデデショー」
「やっぱり寂しいんじゃないの〜?鉄朗くん」
「……」


つい唇が尖る。からかわれて黙って、しかもこんな表情となれば本当に拗ねてるだけだ。姉ちゃんがくすくすと楽しそうに笑う。口許を隠すように手を添えたもんだから、指に光るそれが、余計によく見えた。

いや、余計ってなんでしょうね。


「俺とは似ても似つかない爽やか好青年だと伺いましたよ」
「誰に。おばさん?あ、母さんか」
「しかも爆笑しながら言いやがる。息子をなんだと思ってんだ」


懐いてたもんねぇ、あんた。大好きだったから寂しいでしょう、ほら、初恋は叶わないって言うし。

俺がどんな顔をしてたっていうのか、からかうように母親は言った。誰が初恋だよ。確かに姉ちゃんに話を聞いてもらうのは楽しかった。けどあれは、姉ちゃんがちゃんと聞いてくれてたからって話で。恋愛っていう感情で姉ちゃんのことが好きだったかってなるとまた違う。と、いうかですね。その判断が出来る年齢まで頻繁な交流があったわけではないんですよ。


「…ま、似合ってると思いますよ、なまえさん」
「………」
「え、なにその反応」
「名前知ってたんだ、鉄朗くん」
「そりゃ」
「んー、姉ちゃんでいいよ、やっぱ」


あ、苦笑。そんなに困るもんだろうか、名前で呼ばれるってのは。それなりに長い付き合いと言っても、ここ数年は顔を合わせたら挨拶をするくらいで。それでも変わらずこうして話せてるってことは、親しいと言って問題ないってことだろうけど。


「………姉ちゃん」


相手はどんなのか。
例えばバレー雑誌のイケメン選手特集とかに載ってたようなヤツならなんか腹立つなとか、まぁ思ったりは、するけども。

ああ。呼び声が想像以上に、拗ねている。



end.

20160203

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