日曜日。アラームをかけていないのにぱっちりと目が覚めて、しかも二度寝をするような気怠さすら感じない。起きるための準備をしていないということは出掛ける予定も約束も、プロデューサーとしての仕事もないということで。
さて、どうしよう。少しだけ考えて、取り敢えず何か飲もうとキッチンに行くことを思いつく。そうしてリビングへ繋がる扉に手を掛けたとき、何だか耳に馴染んだリズムが聞こえてきた。真緒くんが貸してくれたCDではない。大神くんに聞かされたものでもない。じゃあ何だろう。そんな風に小さなモヤモヤを抱えて中に入ると、テレビに見覚えのある姿が映っていた。
確かこれは、守沢先輩が熱く語っていた今期の戦隊ヒーロー番組。仙石くんも楽しそうに話していて、そう、二人して主題歌を歌って聞かせてくれたんだった。成程だから馴染んでいたのか。興味があるのかないのか、画面を見つめたまま挨拶をしてくる弟に挨拶を返し、冷蔵庫にあった麦茶を飲む。オープニングを眺めながら浮かぶのは、楽しそうな守沢先輩の姿。それから、私が見ていないと知ったときに寂しそうに変化した表情。チクリと痛んだ心臓に突き動かされたのかなんなのか、途中から見てちゃんと理解出来るのかもわからないのに、気がつけば私はリビングに腰を下ろしていた。
なんなら、流星レッドが格好いいなと思いながら。
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月曜日。今日はバスケ部の朝練があるとスバルくんに聞いたから、真緒くんに借りたCDを返すために普段より早く家を出た。学年が同じでもクラスが違うとなかなか会えないし、そうしようと思ったときに行動した方が忘れない。
ちゃんと、袋の中には真緒くんに借りたCDと持ってきたアルバムが入っている。真緒くんとは意外と音楽の趣味が合うらしく、最近買ったアルバムは真緒くんも気になっていたんだとか。だから返すついでに今度は私が貸す約束をした。渡し終わったら教室に、練習を見たい気もするけど、手伝いが出来るわけじゃないし。あ、真緒くんに連絡しとけばよかったかな。
「なまえ!ひょっとして昨日見たのか!?」
ぼんやりと思考していると、突然大きな声が後ろで響いた。完全に油断していた私は大袈裟に体を揺らし、バクバクと煩い心臓と一緒に振り返る。声の主は、もうわかってる。けれどその人は、いったいどうして、見たのかなんて嬉しそうに言ったんだろう。
「おっ、はようございます、守沢先輩」
「ああ、おはよう!いい天気だな!朝練日和だ!それよりなまえ!たった今歌っていたのは、つい昨日の放送で流れた挿入歌じゃないか!?」
「えっ?うた…、歌ってました?」
「うむ。正確には鼻歌だが、間違いない!昨日の展開とその挿入歌があまりに熱く、何度も見てしまったからな!正しく王道なんだが、あそこで全員がパワーアップして強化された必殺技とは…!それまではいかにして勝つかという相手だったろう?」
「ああ…確かにそんな展開でしたね…あれ、敵の幹部か何かですか?」
「…!やはり見てくれたのかなまえ!!」
花が咲いたよう、ってこういうときに使うんだろう。キラキラと眩しく幸せそうな守沢先輩。スバルくんの言うキラキラってこういうことなのかな。心臓を直接掴まれてジワジワと握られていくような、いや、心臓を握られたことなんてないんだけど。
「おはようございます、部長。…あれ?早いな、なまえ。何かあったのか?」
「おはよう衣更、いい朝だな!そうだ衣更聞いてくれ!!なまえがついに俺オススメの特撮番組を見てくれたのだ!しかも昨日流れたばかりの挿入歌まで歌っていてな!!」
「あははっ…嬉しそうですね、部長」
「当たり前だろう!他でもないなまえが見てくれたのだからな!挿入歌は俺もついつい歌っていたし、そこに俺ではない声が重なって、誰かと思えばなまえだ。嬉しくないわけがないだろう?ただでさえ朝練で可愛い後輩達に会えるというのに、本当に今日は幸せだ!!」
「成程…で、なまえ。お前はその報告、なわけないよな――…っと」
「真緒くんCDありがとう!すっごくよかった!!あと言ってたアルバム!入ってるから!」
「おっ、おう、それはよかった……え、なまえ、」
「何でもないから!あと今日はえっと、大神くんとレッスンがあるから送ってもらわなくて大丈夫!」
「ああ、それはいいんだけど今日の係は北斗――…」
「きちんと送ってやれって朔間先輩が言ってたから!じゃあ練習頑張って!…あの、守沢先輩も、頑張ってくださいっ!」
「ありがとうなまえ!その一言で日頃の何倍も力が出せそうだ!」
「っ、失礼します!!」
真緒くんが何か言いたげに私を見て、少し手を浮かせる。けれど口を開くこともその手を伸ばすこともなく、私と守沢先輩を交互に見たあと困ったように、頭を掻いた。
私が塞き止めた、真緒くんの言葉。
守沢先輩は、昨日流れた挿入歌を私が歌っていたと言った。あまりに熱い展開に思わず何度も見て、ついつい自分も歌ってしまったと。そこに私の声が重なったことが嬉しかった、と。他でもない私が、と。それを聞いた私がどんな状態になったのか、真緒くんにはしっかりと見えていたのだ。隠そうにも制御なんて少しも出来なくて、それなら守沢先輩が何か口にする前に立ち去ろうと思ったから押し付けるようにしてCDを渡したんだ。ちゃんとお礼も言えていない。そこはまたあとで、言うとして。
「なまえだ!おっはよ〜、バスケ部見に来たの?」
「あっ、いや、真緒くんにCD渡しに…えっと、おはよう、スバルくん」
「うんうん。…あれ?なまえ、走った?ほっぺた赤いけど?」
「…!違うっ、走ってない!!」
「えっ?え?どうしたの?えーっと、う〜ん?何か…ごめん?」
「あっ…!本当に何でもない、こっちこそごめんなさい…」
「何か珍しいね〜?慌ててるなまえって貴重だ!」
そうなんだって言えばよかっただけなのに、どうして自ら否定したんだろう。真緒くんに指摘されないように、守沢先輩に何も言われないように慌てていたはずなのに。結局こうして、スバルくんに聞かれてる。
「それにちょっと嬉しそう?朝からいいことあると一日楽しいよね〜!」
「う、うん、そうだね…」
番組を見ながら思ったのは、同じレッドなら流星レッドが格好いい。そして知らぬ間にかぶった鼻歌が、誰かに指摘されるくらいわかりやすく嬉しかった。ああそういえば、明日は流星隊のユニット練習の日だ。プロデュースは、必要だろうか。
「…聞いてみようかな」
「何を?」
「えっと、…ちょっと」
「ふうん?」
守沢先輩、何て言うだろう。
end.
20160109
春告提出