そこにはたくさんの愛が詰まっていた

あれ、と思う。見慣れた先輩の手にあるのは見慣れない甘い飲料だ。流石にボトルの中身まで把握はしていないが、その先輩が好んで飲むのはスポーツ飲料とお茶だと思っていた。
実際お茶を持っている姿を何度か見ているし、別の先輩が「わざわざ200円近く払ってお茶飲むワケェ?」と彼の好む炭酸飲料片手に顔をしかめる様も見ている。だから、真波の中でその人と言えばお茶である。あともう一つ珍しいことに、その人はまだ、制服だ。


「おはようございます、東堂さん」
「おはよう真波。朝イチからおまえの顔を見るとは珍しい」
「あれ、もしかして最初に見た顔とか?」
「それはないな!今日イチに見たのはフクだ」
「福富さんかー」


へらりと笑いながら真波の視線は東堂の手元へ。気がついたらしい東堂は、ペットボトルを手にしたまま「ほれ」と真波に見せる。茶葉がどうちゃら、と書かれたミルクティー。どうにもペットボトル自体を真波に渡す気は、ないらしい。


「気分ですか?」
「いや。貰い物」
「ああ」
「美味しいから飲んでみてと渡されたんだが。ま、好みの味じゃなかったんだろうな。あいつ、そういうところがあるから」
「へえ、そうなんですね」


あいつ。
東堂が優しく目を細めながら口にするあいつといえば、一人だけ。真波は頭に浮かんだその人を追うように、視線を東堂の後方へと続く廊下に向けた。突き当たりを右に曲がればすぐに階段、上階には、美術室がある。


「美術部も活動日?」
「いいや。確認したいことがあったんだと」
「東堂さん着替えないんですか?」
「着替えるよ。おまえな、普段来るのが遅いからそう思うだけで、まだ随分あるからな」
「え?あ、本当だ」
「フクも担任と話があるっつーから鍵を取りに来たんだよ」
「そしたら会ったんですか」
「そういうことだ」


みょうじなまえ。確かそれが、東堂が現在話題にしているあいつの名前。あいつと呼びながら優しい目をしてみせるのも、愚痴めいたことを口にしながら惚気ているようにしか聞こえないのもその人に限られる、ほんの少し特別な位置にいる存在。

己を好いてくれる女子を大切にする東堂であるからみょうじだけ露骨に、という対応ではないにしろ、どこか言葉尻や表情に滲むのだ。彼のことを「東堂さま」と呼び声援を送る子達への態度が自信に溢れているとすればみょうじへのそれは慈しむような。真波や黒田といったクライマーの後輩への情とはまた異なった慈愛のようなものを、向けている。


「みょうじさんって、絵が上手いんですか?」
「ん?どうだろう、見たことはないな」
「あ、そうなんですか」
「みょうじもみょうじでオレの走りを見たことはないだろうさ」
「え?じゃあ同じクラスとか?」
「いいや。みょうじはフクとだったか。たまに聞く、常に真顔でやたら姿勢がいいんだと。あと、冗談を言っているかの判別がつかんらしいぞ」
「福富さんっぽいですね〜。…東堂さん、どうやって知り合ったんですか?」


福富さんからの紹介っていうのはなさそうだし。真波が言えば、「こら」と実に軽く叱責しながら東堂は愉快そうに笑みをこぼす。どうやら正解らしい。そして真波の言葉に、東堂自身も同意する点があった、と。


「――みょうじはなあ、姿勢がいいんだよ、すごく」
「福富さんの話?」
「それはみょうじがした話。オレが言ってるのはフクではなくみょうじだ」
「はあ」
「あいつ、真っ直ぐ背筋を伸ばして絵を描くんだが、その姿がとんでもなくキレイでなあ。それこそ正に一枚の絵にでもなりそうだと思ったんだよ。きっかけと言えば、それだな」
「…うわあ…」
「何だ、うわあって」
「え?いやあ、これといった意味は」
「ふうん?」


訝しむように真波を睨む東堂であったが、一呼吸置くと手元のペットボトルに視線をやり、「まあ、」と声を出す。


「姿勢に限った話ではなく、オレはみょうじ以上にキレイで可愛い女子を知らんな」
「…惚気?」
「事実だ」


そう言い切る表情があまりに自信に満ちているものだから、まるで自分が間違った発言をしたようで。

それがまた負けたような気分にさせるから、ついつい真波は苦笑を浮かべた。



end.

20161103

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