寄ってたかって可愛いんだから

「ユキちゃん、可愛いね」
「あ?」


実に楽しそうに言ってのける葦木場に黒田は容赦なく瞳を鋭くし、何なら濁音でもついていそうなくらい低い声で応答した。葦木場としては黒田の反応が不思議で堪らないのだが、暫し考える素振りを見せ、それから「あっ!」と驚きの声を上げる。


「ユキちゃんに言いたかったんだけど、可愛いのはユキちゃんじゃなかった!」


大真面目にごめん、と続ける葦木場に、黒田は一瞬でも苛立った自分を責めるような気分を味わう。葦木場とは規格外の頓狂な人物だ。そんなことこれまでの付き合いで何度となく実感したし、黒田は今後その葦木場を先頭でゴールまで届ける役目を担うのである。そこまで考えて、箱根学園のエースの条件は読めない男であることが絶対なのかと、浮かんだ元主将の姿に苦笑してしまった。


「じゃー何だよ」
「オレが言いたかったのは、ユキちゃんの鞄」
「鞄?」


黒田が眉を寄せて復唱すると、葦木場は「うん」と満足そうに答える。言われて注視してみると、実にわかりやすくそれはいた。寧ろ何故言われるまで気がつかなかったのか不思議なくらいである。


「…猫?」
「黒猫だね〜。ユキちゃんだから買ったの?」
「買うかよ!こんな可愛い意味じゃねーし!」
「猫は可愛いよ!」
「それとこれは別だろうが!察しろ!!」


やはり大真面目な葦木場に黒田は苛立つことさえ無駄なのではないか、と考える。悪気はないのだ、葦木場に。ただ思考回路が常人とはまるで異なるだけで。
さて、ところで鞄で揺れる黒猫であるが。ここ直近で黒田がしたことと言えば部活と通学、出掛けた記憶は学園最寄りのコンビニくらいのもの。こんな女子が好みそうなストラップなど買った覚えは微塵もない。そもそも、誰かに贈るためならまだしも自分で所持するために可愛いストラップなど買いはしない。そこまで一気に考え、黒田はどきりと鼓動が高鳴るのを感じた。

誰かにって、誰に。加えてその相手とならばお揃いでも構わないと思っているのだからますます居心地が悪い。そして同時に、この些細ないたずらの犯人もわかってしまった。


「ユキちゃん、どうかした?」
「…普段察し悪い癖に妙なとこで発揮すんな」
「オレはいつでも空気は読めるし察することも出来てるよ」
「その冗談つまんねーから」
「冗談じゃないよ!ちょっと失礼じゃない?」
「へーへー。じゃ、冗談でもそう言われねーようになれっての」


あの子に自慢話をした覚えはない。恒例の走行会で打倒を掲げた相手を抜くことは出来たし、素直に憧れだと言える相手から同じ副主将という立場や言葉だって受け継いだ。けれど最高学年として彼らに勝るかと問われたら、自信を持って頷くことはまだ難しい。入学したての、無駄に大きかったプライドをへし折られていなければ、別だったろうが。


「あ!なまえさん?」
「は?」
「なまえさんでしょ、ユキちゃんの鞄に猫つけたの!」


驚いたのは、葦木場からその名を聞いたから。黒田が犯人だと睨んだのも正にそのなまえさんであり、なまえさんとは黒田の彼女だ。頭の中にはあったものの実際に音にされると不思議と気恥ずかしくなってしまう。そういえば、どういう経緯で知り合ったのか最近は真波と仲がいいようだが(彼女はやたらと黒田のことを他人から聞きたがるので、それかもしれない)。


「……だろうな」
「そういえばなまえさん、猫の小物集めるのが好きって言ってたよ。特に黒猫だって」
「売ってるのったら大体が黒猫だろ。つーかそんな趣味前までなかったぞ、あいつ」
「白猫もいるよ〜!それにユキちゃん、なまえさんの全部を知ってるわけじゃないでしょ!」
「いや、それ彼氏でも何でもないおまえの台詞かよ。どっちかっつーとオレのだろ、その台詞」
「………」
「……何だよ」
「すごいねユキちゃん。オレだったら恥ずかしくて言えないよ、そういうこと」
「うるせぇな!恥ずかしいんだよ充分!!突っ込むなよ!いつもの調子でスルーしろ!!」
「何言ってるの。オレはいつもちゃんと突っ込んでるよ」
「何で真顔で自信満々なんだよ!!どっから来んだその自信!!」


黒田が小突こうが葦木場の自信に溢れた表情は変わらない。それどころか、適切に突っ込んだ自信のある黒田に疑問を抱いているようにすら見える。果たして大丈夫なのか、葦木場は。絶対王者箱学(今年は奪還する立場にあるわけだが)のエースとしての威厳は備わっているのか。母親ではないのだから、黒田が気にすることではないのだが。


「ったく。何がしたいんだよあいつは…」
「外しちゃうの?」
「外さねーよ。あと、」
「あと?」
「おめーがなまえさんって呼んでんな。オレらはお互い苗字だっつーの」
「ユキちゃん…!」
「だーもうっ!!スルーを覚えろスルーを!!」


流石の葦木場も気がついているだろうが、はっきりと言葉にされなければまだ堪えられる。

つまりはまあ、ただの嫉妬、なのだ。



end.

20151027

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