棺の上で晩餐会

黒尾さんが好きなの。

何度か部活を見に来ていた同じクラスの人がそんなことをおれに言ったのは、監督に断って休憩を取っていたときだった。

酷く汗を掻くから、気休め程度でも楽になればと開け放たれていた外へと続く出入り口。そこから覗きこんできたその人はリエーフや虎に指示を飛ばすクロを真っ直ぐ見詰めて(なんなら、少し目が潤んでいた気がする)、海さんや監督と話すクロに頬を赤くしていた。それを水分補給しながら様子を窺うように見ていると、ぽつりと。

私ね、黒尾さんが好きなのなんて、独り言のように言われたって絶対に独り言じゃないし。それを聞いて暫く、もしかしたら直ぐだったかもしれないけど、おれの口から出たのは「おれも」だった。

おれも、クロが好き。
自分で自分が何を言ったのかわからなくて、ばくばく煩い心臓に合わせるように顔を上げるとその人は目を丸くして驚いてた。当たり前だ、そんなの。それから曖昧な笑顔で「一緒だね」とおれを見て言葉にされて、それでおれは、理解した。


「よかったの?」
「…何が?」
「黒尾さんと帰らなくて」
「別に」


短く答えてジュースを飲む。みょうじさんは困ったように笑うと、ポテトをつまんだ。

部活の帰り。玄関で顔を合わせたみょうじさんを食事に誘ったのはもう一時間は前になるかもしれない。食事といっても、そんな大層なレストランじゃなくて安いハンバーガーショップなんだけど。
夜になると少し冷えるようになったのに、店内の冷房は強い。時折寒そうに腕をさするみょうじさんにブレザーを手渡すと、「ありがとう」と言って素直に受け取ってくれた。「悪いよ」「別にいい」、そんなやり取りをもう何度か繰り返しているから、みょうじさんも反論しなくなったんだろう。おれにとってはいいことだから、文句はないし。


「孤爪くんが誘ってくれるなんて珍しいね」
「そうだね」
「何かあった?」
「別に」
「そう」
「……どうだろう」


ポテトに伸びた手が止まる。みょうじさんと話すことといえば、まあおれが自分で宣言した手前クロのことだ。だからみょうじさんも自然と、詳細がなくてもクロのことだと認識する。

おれとみょうじさんは一緒に帰ったり、こうやって食事をしたりなんてしない。今日おれが誘ったというだけでみょうじさんには何かあったってことになるんだ、つまり。そしてそれは、共通の想い人であるクロのこと以外にないって、考える。


「――…クロ」


みょうじさんは、どんな顔をするんだろう。思いながら大切なクロの名前を出す。おれは、みょうじさんのどんな顔を見たいんだろう。怒らせたくはないって、思うけど。


「彼女出来たんだって」
「え、」


ゆらりと揺れる、みょうじさんの瞳。部活を見に来て、その度にしっかりとクロの姿を焼き付けていた目。どう思ってるんだろう。何を感じてるんだろう。泣きそうとは違うけど、辛そうではある。堪えてる。いや、これも違うかな。


「…あー、そっか、うん。…格好いいし、優しいもんね、黒尾さん。面倒見よかったりも、するし」


笑顔を浮かべてはいるけど必死に言葉を選んでいるし、止まっていた手はポテトをつかむことなく首に触れる。そうしてずり落ちそうになったブレザーに気がつくと、慌てて腕を動かした。指先が、震えているように見える。

どうかな、そろそろかな。言ってみても、いいかもしれない。


「――……おれ、好きだよ。みょうじさんのこと」
「え?」


次から次に放り込まれて、みょうじさんは少し混乱してるみたいだ。握られたことでブレザーには皺が寄る。おれは別に気にしないけど、服装検査だったり親だったり、誰かに言われたりはしそうだな。


「…孤爪くん、黒尾さんが好きって、」
「うん、言った」


どうして。そう言いたそうな顔。みょうじさんはクロが好き、おれもクロが好き。だからみょうじさんは休憩しているおれに感じたことを吐き出したり、おれの隣で躊躇うことなくクロを見詰めることが出来る。同じ感情を、同じ相手に抱いているから。


「クロのことも好きだけど、みょうじさんのことが、好き」


おれは、クロが好き。それは嘘じゃない。クロは小さい頃から付き合いがあって、おれの唯一の遊び相手だった。クロはおれの友達だ。友達に抱く好意として当たり前の好きを、おれはクロに抱いている。ちゃんとおれは、クロが好きだ。

そもそもクロが好きなんて言ったのも、みょうじさんに告白させないためだったんだ。そう言えばみょうじさんは絶対に遠慮すると思った。見には来てもクロに一度も声をかけたことなんてないみょうじさんだから、告白する勇気はないんだろうと思ってもいたし。
それに、みょうじさんはクラスでのおれの様子も知っている。人付き合いが苦手なおれがクロとは特別親しいってことも知っていたから、「おれも」なんて一言を疑うことも引くこともなく受け止めたんだろう。

おれは、みょうじさんが好き。クロとは違う意味で、恋とかそういう意味で。


「――…あ。これ、返す、ね」


言いながら手はブレザーに。帰りたいんだろうけど、逃がす気はない。みょうじさんはクロが好き。でも、クロには彼女がいる。そしておれは、みょうじさんが好き。

みょうじさんの中には、おれがクロと彼女の時間を邪魔しないように一緒に帰らなかったっていうのと、おれがみょうじさんを好きだから今日誘ったっていう二つが渦巻いているに違いない。どっちが優勢だろう。どっちも意識してもらえてたらいいんだけど。
クロに彼女がいるんだってすっかり信じきって、そのままクロへの恋心なんて殺しちゃって、なんならそれは、今この場でだって構わない。

おれの言葉に悩んで悩んで、そうしてくれなきゃだってさ。


「いいよ、着てて。寒くないし、別に」


クロに彼女が出来たって嘘吐いた意味、まるでない。



end.

20150917
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