きみからみゃくみゃくと伝わってくるそれ

「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや」


ハッとしたようになまえは手を離し、やり場のなくなった両手を胸の前で握りしめる。視線は下へ、覗く耳は真っ赤で、きっと落っこちそうなくらい目を見開いて潤ませているんだろうと思った。

ごめんなさいって言われても、特に被害はないんだけど。なまえが思う強い力はおれには可愛いものだ。だから、伝わってくる嫌われたくないって空気は大袈裟としか言いようがない。


「痛くなかったですか、サボさん」
「ちっとも」
「…よかった。あの、ごめんなさい、本当に」


また、謝った。
ごめんなさいって、多分それはおれが言わなきゃならない言葉なんだろう。確信はなくともなまえが俯いてしまった原因については当たらずとも遠からず、だというのにおれは、この慌てたなまえを見たくて薄い反応をしているのだから。

ちらりとおれの様子を窺うために視線を上げ、目が合うと困ったように慌てたように逸らす。「あの、その、」なんて特に続くわけでもない言葉を吐き出して、ますます困惑する。そこで(意地が悪いとは思うが)覗きこむように屈んでみれば、顔を赤くしたまま驚きに目を丸めるなまえがいるのだ。うっすらと浮かんだ涙は、そんな趣味があるわけじゃないけど頬が緩んで仕方がない。


「さっ、サボさん、」
「本当に怒ってないし怪我もない、あんまり気にするなよ」
「っ、はい…」


こんなんだからコアラにデリカシーがどうとかって怒られるのか。なまえは照れ屋なんだからいじめるなって散々言われるんだよな。おれにしてみれば、意地が悪いかなと思うことはあってもいじめてる気なんて微塵もないんだけど。

だっておれは、なまえが好きなのだ。可愛くて堪らない。なまえとの関係だっておれが一方的に好いているわけじゃないし、そう目くじら立てて怒ることでもないだろ。


「……」
「サボさん…?」
「そんなに不安かなァ」
「えっ?えっと、その…」
「寧ろ、どうやったら嫌になるかを教えてほしいくらいなんだけど」
「それは、まるでサボさんを嫌がるみたいな、……いっ、嫌なんかじゃないんですけど、緊張、してしまって!サボさんが近くにいるんだって思うと、どうしても。だからつまり、嫌がっていると思われるのが、嫌、で」
「……」
「…何を言いたいんでしょう、私」
「さァ。緊張してるってのは伝わってきたかな」


しょげたように下がる眉、ぎこちない笑みを形作る口許。一度頭を撫でて、改めて肩に手を置く。あっという間に大きくなった瞳と強張る表情におれが浮かべてしまうのは、やっぱり笑顔で。


「キスしたいと思ってるんだけど、いいか?」
「聞くんですか!?」
「え?じゃあ勝手にしていいの?」
「ふっ、雰囲気とか、そういう流れなら、それは。…いきなりは、あれですけど。嫌じゃなくて、緊張」
「さっきは?」
「だって普通に話していたじゃないですか!」
「いやァ、自然だったろ。久しぶりに顔見て、目も合った」
「…そうですけど…」


でも、だけどと言い訳を続けるなまえがじれったくてそのまま抱き寄せると表情に続いて体が強張った。耳どころかもう全身真っ赤だろうし、緊張しすぎて泣きそうなんだろうなァ。心臓の音も聞かれてるんじゃないかって不安で堪らないんだろう。聞こえてたところで、ただ可愛いとか嬉しいって思うだけなんだけど。嫌われるだなんて、そんなの本当に杞憂だ。


「不安にならなくても、ちゃんとわかるから」
「…はい」
「というか、なまえはわかりやすいしさ。だからおれを嫌いになったのかなんて思わないし、嫌いになるわけもないだろ」
「そ、そうなんですか?…ありがとうございます?」
「真っ赤になって可愛いなァ、そんなに好かれてるなんて嬉しいなァ、…ま、もう少し慣れてくれたらもっと嬉しいけど」
「滅多に会えないから余計に、…いえ。頑張ります」
「…次の約束の確証もないって、考えてみりゃ最低だな」
「でも、船旅でしょう?仕方ないです、いっぱいいますから、この島には。待つ人も、待たせている人も」


そわそわと、緊張とはまた違った落ち着きのなさを腕の中で感じる。周囲に意識を向ければ、差し込む光の強さや外の賑やさに気がついた。てことはつまり、なまえも仕事の時間だ。看板をひっくり返さなきゃならない。


「…いいんじゃないか?不定休なんだし、ここ」
「そういう問題じゃないです」
「おれ以外の客って見たことないんだけど」
「サボさんだってたまにでしょう、ちゃんといます!」
「いや、馬鹿にしたんじゃなくて」


勿論、潰れろと思ってるわけでもなくて。本は好きだし。

それに、あらゆる土地から集められた本ってのは見る人によっては宝だ。だけど選ばれた人間だけが知識を得ればいいなんて、そんなことは思っちゃいない。誰にだって学ぶ権利はある。金があるから、貴族だから優れてるなんてあるわけない。ああ、そういやなまえと近づくきっかけになったのは、そういう話だったか。

だから必要な人には貸し出してるって言ってたな。まァ、全部が全部ちゃんと返ってくるわけでもないとも言ってたけど。何とかしてやりたいっておれの言葉に、「その分を払う気か」って渋い顔をされもしたっけ。なまえに関して結構言われてるんだな、コアラには。


「――…サボさん、今日は暇ですか?」
「うん、暫くはここから動かないかな」
「……。それなら、一日手伝ってもらっても、いいですか?」


掴むんじゃなくて、軽く引くように。摘ままれた裾に綻ぶ感情を抑えるのは難しい。一緒にいたい。おれだけじゃなくてなまえもそう思ってる。


「喜んで」


そんなの、平気な顔していられるわけないだろ。



end.

20150621
重症提出。

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