ねむりに落ちたらさようなら

規則正しく音をたてる時計にちらりと視線をやり、ハザマは浅く息を吐く。
書類確認に飽きたのでも残業に飽きたのでもない。原因は、視界に入った少女と女の中間に位置するような子だ。


「帰らないんですか?」


言えば小さく反応する体。虫のように毛布にくるまる様はなんとも滑稽で、そこまでしてここにいようとする心がハザマには理解が出来ない。

彼女曰く好意だそうだが、これもハザマにしてみれば「ああ、そうやって無様な最期を迎えた人間もいたなあ」程度の認識である。ちなみに、好意だと告げた件に関しては「口にしなければ大尉は一生無視をしそうなので」だとか。正解は、告げられたところでどうでもいいので気にもとめない、なのだが。


「…はい」
「眠そうですけど」
「…大尉を、待ってます」
「へえ」


大まかな居住区という意味では暮らす環境は同じだが、部屋も違えば帰宅の約束も交わしてはいない。そうしたいからそうするという彼女を、マコトは苦虫を噛み潰したような顔で見て苦言を呈していた。相変わらず、清々しい嫌われっぷりだ。


「ナナヤ少尉の許可はあるんですか?」
「…?」
「一般的に私は蛇で蛆虫だそうなので。心配しているでしょ、あの同僚さんは」
「はあ…」


わからない、なのか半分も聞こえていないのか。ふわふわとした声色につい口許が緩む。

それは、確かな変化。
自身にとって何の益にもならない存在に心を尽くすなんて馬鹿げたことをする気は一切ないというのに、ほんの一瞬、ハザマすら預かり知らぬ部分で感情が動いた。内側に尋ねたところで粗雑な返答があるのみで、どちらが強い影響を受けたのかもわからない。


「意識のあるうちに帰ったらどうです?運んであげるような甲斐性はないので、私」
「……帰れます、まだ」
「まだって。…仮眠は?ここは仕事部屋なので、仮眠室を使っていただく形になりますが」
「……眠ると、大尉がどこかに消えてしまいそうで」
「え?」


ハザマを映しているのかも疑わしい瞳。だというのに、まるで貫かれたような気になる。

あと数日もすれば大晦日、ひとつ前の世界とは随分とズレが生じているが、そのズレはどちらの方向に導いてくれるのだろう。テルミの見解はハズレ。曰く、ここのノエルは通常よりも抜けているため、上司を捜している最中に誰かに殺されてしまうだろう、だとか。

さて、そうしてまたここまで漕ぎ着けたとき、目の前で意識を手放しそうになっている子はどこに。統制機構に身を置いていることに変わりはないだろうが、こうしてまた、興味を示さないハザマに一途な想いを抱いているとは限らない。この子は、強すぎる愛を持った少女とは違うのだから。


「……だから、嫌です」
「…数日間も眠りはしないでしょう?」
「っ、やはり大尉はどこかに行かれて、」
「あら。目、覚めました?そもそも諜報部は単独での任務が主じゃないですか」
「そう、ですが…」
「急に消えたりはしませんよ。ほら、目が覚めたならそこの書類をファイルにしまうくらいしてください?私が早く帰るために」
「あ、…はい」
「……消えてしまうのは、貴女かもしれないのに」
「私?」
「可能性の大小の話です」
「はあ、」


詩人にでもなったのォ、と、明らかな嘲笑のこもった声が響く。お好みかと続くそれに貴方のですかと返せば、彼はあっという間に不機嫌だ。


「起こしてあげますよ。寝惚けているようなら、叩いてちゃんと意識も引っ張りあげますからご安心を」
「ありがとうございます、…そこまではえっと、あれですけど」
「ま、少尉が覚えていれば問題ないので。期待しておきますね」
「あの、大尉は一体何の話を?」
「安心して寝てください、少尉って話を」
「そう、なんですか…?」


困惑を顔に滲ませているくせにどこか照れたような嬉しそうな、そんな色も見てとれる。ハザマの中に自分がいる、その事実が簡単に彼女を喜ばせるのだ。好意を持った相手への感情とはやはり単純。ならば、彼女の反応にまたつい頬を緩ませてしまった男は。


「――…これで満足ですよね、テルミさん」


次もこの子はハザマを見つけて、馬鹿みたいに真っ直ぐ、想いを寄せてくれるかも。

呟けば件の子は聞こえなかったのか首を傾げ、内側のもう一人の自分は何も言わずに舌を打つ。
それが彼女への宙に浮いた感情を確固たる形として示すようで、気分がいいのか悪いのか、零れた笑みの意味さえ、わからない。



end.

20150322
ぼくら主演サイレント映画
提出。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -