東堂尽八くんはいますか。外から聞こえた女子の声に微かな苛立ちを覚えたのは、その声が紡いだ名前が原因だ。今この場に東堂尽八くんはいない、つまり必然的に荒北が伝言係となってしまうのである。
ああまったく面倒な。「女子がおめェに用だってよ」などと言った瞬間、あの男の顔は輝くだろう。そこまで容易に想像でき、加えて正しくその通りになりそうだからこそ腹が立つ。それはまあ少々、子供っぽいとも思うのだが。
「東堂ォ?まだ見てねェよ、用があんなら教室に――…」
「教室にもいなくって。探してみますね、ありっ」
荒北の姿を捉えた瞬間、女子の肩が揺れる。真ん丸な目、これは荒北に驚いたからであろう。
まるで見覚えはないが他クラスだろうか。それとも他学年、自称箱根学園イチの美形である東堂尽八はそれなりに女子人気もあるわけで、その中の行動的な一人が部室までやって来たのかも知れない。まあ見るからに行動力や積極性とは親しくなれそうにない女子なのだが。
「…何の用だァ?」
「あっ、ああ、えっと!尽くん、ちがっ、尽八くん――…じゃなくて東堂くんに、渡したいものがあったんだけどっ!いないなら仕方ない、探す、ね」
「あー…色々めんどクセェからヨ、渡しとくぜ?」
「………」
「あ?」
「…荒北、くん?」
人を指差した上で名前を呼ぶ。誰かのようだと思ったが、それよりもこの女子は知り合いだったろうか。
クラスにこんな顔はいなかった。しかし口調からして相手も三年だ。ならば他クラスという線でいいだろう。全員と話したことはないにせよ、流石にクラスメイトなら見覚えはある。
「荒北靖友くん、だよね?尽く――東堂くんから話聞いてて、そっか、あなたが…」
「東堂から話だァ?つかおめェ、東堂の知り合いか?」
「まあ、うん。…言ってた通りだ。あ、ごめんなさい、これから練習なのに。もう一度教室見て、いなかったらまた終わり頃に来るね。お邪魔しました、バイバイ、荒北くん!」
「ハァッ!?伝言くらい、聞いてんのかオイ!」
楽しそうに頬を緩ませて。荒北の言葉を右から左、これまた誰かを、思い出すのだが。手を振って去る前に言うことはあるだろう。
「――名前、何だよ」
伝えようがないではないか、これでは。
■□■
「つーことがあったんだが、どうよ東堂」
「どうと言われてもな。オレを探している女子がこの学園内にどれだけいると思っている」
相変わらず殴り飛ばしたくなる台詞を素面で吐き出す男、東堂尽八だ。
掻い摘まんで東堂を探している同級生について話した結果がこれとは荒北も浮かばれない。女子に関しては用事も名前も聞き出せなかったため「東堂くんに渡したいものがあるの」しか伝えられず、そこにぼんやりとした体験を含めて東堂に投げるしかなかった。説明の問題か、彼も眉を寄せているのだが。
「特徴。何かないのかね、荒北」
「特徴だァ?フツーだよフツー、ただの女子…オレのことは知ってたらしいが。あと、おめェの知り合い」
「オレの?」
ふむ、と東堂は顎に手を当てる。何故こんな簡単なことを実行しなかったのか。これが一番手っ取り早い、渡したいもののある知り合いなら東堂も答えを導き出す可能性が高いではないか。荒北の仕事もこれで終わり、あとは箱根学園イチ美形でモテモテの東堂様に任せてしまえ。
「教室で会えなきゃ部活終わる頃に来るってヨ。会わなかったか、誰か女子に」
「――ああ!」
「るっせェな、いちいち声がデカいんだよ東堂!」
「それはなまえだ荒北!」
「なまえ?あと指差すな!」
指差し、人の話を聞かない。女子に見られた特徴はそう、まさに東堂尽八のそれではないか。何故気づかなかった。葬り去ったというのか、精神安定のために。
「これだよ、教科書。忘れたと言うから貸していてな。ついさっき渡された。しかし荒北、なまえならばいくらでも特徴はあるだろう!オレの幼馴染みだからな、まあまあ可愛いしよく笑う。ああ、ちなみに笑顔は好ましいぞ!」
「知るか」
「何だ、なまえもオレに用なら待っていればよかったのにな。そう思わんか、荒北」
「そいつの勝手ダロ、待つも帰るも」
「………」
「何だよ」
「可愛かったろう?それはもう、物凄く」
「ねーよ!!」
言ってた通り。
その一言が気になるのは、伝えた相手が東堂尽八であるからだ。いや待て、それよりも。
「――幼馴染みだァ!?」
「そう言っているだろう、耳が残念なのか?」
「どういう意味だテメェ!!」
引き離すべきだろう、一刻も早く。
end.
20140306