「っ、」
「馬鹿野郎」
酷い言い草だ、と思いながら高虎を見る。強い力で擦られた目許は少しひりひりとして、高虎を睨むと彼は何でもないような顔で私の言葉を待っていた。
「…いたい」
「いちいち泣くな」
「だって痛かったから」
「あんたが泣くのはそうじゃない。俺を見る度だろうが」
「高虎が生きてるから」
「死んだ方がよかったか?」
「違う、」
「知っている。真に受けるな」
高虎と私は、古くから付き合いがあるわけでもなければ男女の仲にあるわけでもない。毎日顔を合わせるほど傍にもいないし、高虎がたまにこうして私に会いに来ることで互いの生死だったり様子を知ることが出来るような仲だ。
忠実に文を送るわけでももらうわけでもない。そもそも送ったところで確実に届くと言い切れないのだ、高虎相手には。
「あんたが泣くのは苦手だ」
「じゃあふらふらしないでよ」
「ふらふら?人を風来坊のように」
「……ちょっと違うか」
「馬鹿野郎」
もう一度そう言って涙を拭われる。
高虎曰く万能の布切れは随分と色褪せていて、けれど彼が持っているものは新しくなっているので、私のためにあつらえたように感じてしまった。嬉しいのだろうか、それって。
「高虎」
「どうした」
「洗ってる?」
「当たり前だろう、何を言っているんだあんたは」
「高虎って冗談通じない」
はじめて出会った頃は藤堂様で、少しずつ呼称は変わっているけれど。果たして私は、高虎に近づいているんだろうか。高虎からその先を、私は望んでいるんだろうか。
「そう簡単にくたばって堪るか」
「うん」
「だからあんたもそう簡単に泣くな。しまいには、俺はあんたの泣き顔しか思い出せなくなるぞ」
「うん」
「…前にもしたな、このやり取りは」
「そうだっけ?」
高虎の前で私はそんなに泣いているだろうか。別に戦に出ていると聞いたわけでもないし、そんなに心配することだろうか。いいや、するだろう。だって高虎は親しい相手だ。
会えないでいる親しい人間の安否が気になって、こうして安堵するのは当たり前じゃないか。
「…でもきっと、高虎がこうやって来てくれるから甘えるんだよ」
「ならもう止めるか」
「嫌だ、拭ってくれる人がいなくなる」
「それは俺の役目でもないだろう」
「役目」
馬鹿野郎。
くると思った言葉はなくて、代わりに高虎の口許は、緩んでいた。
end.
20140530